穏やかな朝
外伝残り二話。よろしくお願いします
「おはよう」
レオナールは上体を起こしながら、台所で動くサクナに声をかけた。
「目が覚めたのね。朝食、もうすぐできるわ。座って待ってて!」
「ああ、悪いな」
食卓には、瑞々しい野菜のサラダ、搾りたての牛乳、香ばしい焼きたてのパンが並んでいた。
サクナが、ふわりと湯気を立てるオムレツを手に現れる。
「簡単だけど……味に自信が無いの。焦がしてたら笑わないでね」
「焦げてたって構わないさ。君の作るものなら、なんでもうまい」
レオナールは、パンをちぎりながらあっという間に平らげた。
「本当に美味しいよ!」
「良かった……。レイラ母さんは料理ほとんどしなかったから、スサノオ兄さんに教わったの。あの人、子どもの頃から魔女様に食事を作ってたのよ」
「そうなんだ。何でも出来る人なんだな」
サクナは微笑みながら、兄の話を続けた。けれど話題はすぐに、彼女とレオナールの“新しい家”のことへ移っていく。
戦争も、魔術師の争いも、もう遠い過去。
彼女にとって興味があるのは――これから築く穏やかな日々だった。
「それで、新しい家はどこに建てる? せっかくこの家を手に入れたのに」
「候補地は決めてあるの。見に行きましょう。ここは別宅にしましょう」
レオナールは頷いたが、帝国で広がる害虫被害のことがどうしても気になっていた。
今さら口に出すのもためらわれる。せっかくの朝を曇らせたくなかった。
だが、サクナはすぐに見抜いたように微笑む。
「その顔。王都から、あなたの友人――農薬研究のオダニを呼び寄せたわ。農政局の職員も派遣済みよ」
「……さすがだな」
「ううん。ただ、あなたならそうすると思って、先に手を打っただけ」
彼女はそう言って、軽く肩をすくめた。
「数日はゆっくりして。それから帝国へ行きましょう」
――コンコン。
扉を叩く音が響いた。
「朝早くから……誰かしら?」
サクナはもう、誰か予想がついているようだった。
「タリアンです。レオナール様のご様子を伺いに参りました!」
「ああ、入ってくれ」
レオナールが扉を開けると、外には牧場と数軒の家が並び、朝霧の中を馬が鳴いていた。
家の周囲では、すでにサクナの部下たちが隠れて警備している。
静かだが、守られた空気がそこにあった。
「ご無事で何よりです、いたたた……」
タリアンは痛みをこらえて立っていた。
「痛み止めを飲まないなんて言うから。レオナール様の前で無理しないでよ」
後ろからカシスが呆れたように言う。
「名誉の負傷ですもの」
サクナが苦笑交じりに言うと、タリアンは照れくさそうに胸を張った。
彼女の父リドリーも兄スサノオも、痛みを顔に出さない。――その家の男たちは皆そうなのだ。
「そうだ、レオ。オダニからも“様子を見に行きたい”って連絡があったわ。でも断っておいた。“黒犬たちと泥んこ遊びでもしてなさい”ってね」
「……それはちょっと言いすぎじゃないか?」
「ふふ、いいのよ。それも大事な仕事」
レオナールが苦笑していると、扉の開いたのを合図に、メイドたちが滑り込んできた。
息の合った動きで、食卓の片付けと外出の準備を始める。
その統率の良さに、レオナールは思わず感嘆の息をもらした。
――彼女の配下は、よく鍛えられている。
「じゃあ、建築予定地を見に行きましょう」
サクナが微笑む。その背中は、陽の光を受けて金色に輝いていた。
しばらくは、彼女のやりたいようにさせるしかない。
今回の一件の解決の立役者は、間違いなく彼女なのだから。
レオナールは静かに息をつく。
窓の外には、青空がどこまでも広がっていた。
――穏やかな朝だった。
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