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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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終夜の果てに


「ワオーン――」

「ワオーン、ワオーン!」

 狼の遠吠えが、侯都シュベルトの夜空を裂いた。

 人々が眠りについた後も、一軒だけ明かりを絶やさない酒場がある。


 そこでは、大商人ゴールドハルトと、彼が雇った冒険者集団の東方旅団が遅い酒盛りをしていた。

「やはり、現れたか。――行くぞ」


 ゴールドハルトが立ち上がり、鋭い眼光で仲間を見渡す。

「人使いが荒いですね、旦那。さっき戻ってきたばかりですよ」


「お前たちが仕留め損ねたからだろう?」

 返す声には、しかし笑みがあった。戦いを生業とする者への信頼の笑みだ。


 冒険者たちは無駄のない動きで装備を整える。

 鎧が軽く鳴り、革靴が床を叩く音だけが響いた。

 それはまるで、身体に刻み込まれた儀式のようだった。


「では、ご案内します」

 農政局の青年が立ち上がる。

 彼が向かう先には、――あの石碑のある遺跡が待っている。



「追い詰められた首領は、石碑を再び動かそうとしている。だがあれは地下の力で浮かび上がってきているだけだ。……奴は、自分の力だと勘違いしているのさ」


 ゴールドハルトが呟いた声は、夜気に溶けるように低かった。

 一瞬の交錯、その刹那にして雌雄は決した。


 大岩のような石碑。その前には、焼け焦げ斬り捨てられたダークウェルの首領とアオイ伯爵の死体が横たわった。


 ゴールドハルトの仕掛けた罠、そして東方旅団、農政局の青年、黒犬たちの奮戦――すべてが、今この瞬間に実を結んでいた。


「……終わったな」

「アオイ伯爵は、いつ乗っ取られていたのでしょうか?」

 旅団の団長が尋ねると、ゴールドハルトは顎に手を当てた。


「あの黒いスライムは、生気のある者には取り憑けん。おそらく伯爵が大怪我を負ったときだな。あの時点で、もう人ではなかったのだ」

「……ウラク殿も?」


「ああ。襲われた傷があった。エンジが墓を掘り返して検死したらしい」

 短い沈黙が落ちた。

「……そうですか。冥福を祈ります」



 夜が明けきる前、レオナール邸のリビング。

 サクナとカシスが、ランプの灯りの下でこそこそと話し合っていた。


 テーブルには、新しい家の設計図が広げられている。

「カシス、声が大きい。彼が起きてしまうわ」

「す、すいません! でも、タリアンは一度寝たら朝まで起きませんから!」


「ふうん……そうなの」

 サクナが目線を向けると、カシスは途端に耳まで赤くなった。


 その様子に、サクナは小さく息を漏らす。

 戦いの夜が明けようとしているのに、こうして日常があることが、少しだけ信じられなかった。


「ところで、家の場所が決まらないと、設計を進められません。外観や水回りも……」

「あら、ごめんなさい。言ってなかったわね。――もう、場所は確保してあるのよ」


「えっ、そうなんですか?」

 窓の外から“コン、コン”と音がする。

 白鷺が窓を突いていた。サクナはそっと立ち上がり、窓を開ける。


 冷たい風とともに、白い羽が舞い込んだ。

「……終わったのね」

 黒いスライム――それは、闇の魔術師ダーウェルが生み出した、人を乗っ取り操る術。


 かつて連合王国を、いや大陸全土を震撼させたその魔術は、今なお帝国の残党によって研究されていた。


 スライムに取り憑かれたことに本人が気づかない。そして、誰が乗っ取られているか見分けることはできない。


 ――だからこそ、この真実は、広めてはならない。

「どうしたんですか、サクナさん?」

 カシスが覗き込む。サクナは小さく首を振った。

「……敵が欲をかいてくれて助かったわ。焦って動いてくれたおかげで、こちらが先に終わらせられた」


 窓の外、東の空が白み始める。

 夜と闇の残滓が、ゆっくりと溶けていく。

 サクナは目を細め、静かに呟いた。


「夜明けね。――ようやく、本当の朝が来るわ」

 その言葉を合図に、部屋の中へ朝の光が差し込んだ。

 黒い影は、もうどこにもなかった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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