対決の時
数刻にわたる激しい剣戟の末、二人は同時に剣を下ろした。
息が白く散り、緊張が解けていく。
「……ここまでだな」
「引き分けですね。やはり、お強い!」
青年が笑うと、オダニは肩をすくめた。
「おいおい、農政局の役人に負けたら、俺の立場がないだろう」
周囲では軍団兵たちが静かに座り込み、果し合いを観客のように見守っていた。
オダニが声を張り上げる。
「今夜はここで野営する! 準備しろ!」
号令一下、兵たちは素早く動き出した。
「飯でも食っていけ!」
「もちろん、最初からそのつもりですよ」
青年が笑うと、兵たちの間にもわずかに笑みが広がった。
石碑を地下に封じてからというもの、魔物のざわめきは影を潜め、気配さえも消えていた。
その夜は、襲撃一つなく、ただ満月だけが冴え冴えと光る、奇妙なほど静かな夜だった。
「そういえば……スサノオ大王様は、今どちらに?」
「長期の留守を仰せつかり、使命を果たしておられるとのこと。留守の間は、各人に指示が出されているそうです」
翌朝、彼らは帝国領へ入り、エストグラードを目指した。
途中、農地で害虫駆除をしている帝国軍と遭遇する。
「ここにもいるぞ! しかもかなり大きい!」
「全域で繁殖してやがるな。……農民どもは何を見逃してるんだ?」
「仕方ないですよ。あれだけ広大な畑、目が回りますって」
そのやり取りの最中、帝国兵の士官がオダニたちを鋭く睨みつけ、怒鳴った。
「貴様ら、どこから来た!」
オダニは一歩前に出る。
「森を越えてきた。背中にあるのは農薬だ。レオナール様の命令で届けに来たオダニ軍だ!」
「なっ……それは失礼した! ケルビン様の城へご案内しよう!」
農薬を届け終え、帰ろうとした矢先、ケルビンが呼び止める。
「オダニ様、次は害虫駆除を手伝っていただきます!」
「はぁ? そんな指示は聞いてないぞ」
「いえ、レオナール様からは農薬と人を手配した。好きに使ってくれと手紙を頂いています」
青年が肩を竦める。
「ほら、やっぱりそういうことです」
オダニは天を仰いだ。
「……ったく、人使いの荒い御仁だ」
こうして彼らは、しばらく帝国に留まり、害虫駆除の手伝いをすることになった。
※
同じ頃――アオイ伯爵は軍事会議を開いていた。
「敵の動きはどうだ」
「峠道の一部を封鎖している模様。それ以外の兵は各領地に戻り、農作業をしているとの報告です」
「農作業だと? 詫びも賠償もまだだというのに、停戦のつもりか……!」
伯爵の拳が机を叩いた。
傍らのタリアンが口を開く。
「父上、ここは停戦を模索すべきでは……」
だが、トオノもキタノも黙したまま、表情を読ませない。
そこへ伝令が駆け込む。
「マルコー商会長が至急の面会を求めております!」
「何の用だ」
「農薬が、オダニ軍に奪われたと訴えております!」
次の瞬間、オダニの手からワインの杯が宙を舞い、赤い雫が床を染めた。
「……裏切り者はレオナールだ。もう許さぬ。必ずこの場に引きずり出せ!」
会議室に緊張が走った。
対決の時だ。
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