悪魔抑えの石碑
石碑には、金具を取り付けるための穴がいくつも穿たれていた。
青年はそこに用意してきた金具を差し込み、通したロープを地面に延ばしていく。
「……それは何だ?」
重々しい声でオダニが問う。
「このロープを、皆さんで握っていただきます」
「握る? 引っ張るのか?」
「いいえ。力ではなく、魔力を注ぐのです。握っただけで勝手に魔力が吸い取られていきます」
平地に幾筋ものロープが伸び、淡い光を帯びて石碑とつながる。
「合図をしたら、一斉に握ってください」
「ははは、たったそれだけか」
「まるで綱引きだな」
兵たちの笑い声が広がる。だが、青年の瞳には一切の笑みがない。
合図と同時に、鍛え上げられた軍勢が寸分違わずロープを握った。
瞬間――。
「な、何だ……体の中から、魔力が抜けていく!」
「本当だ……止まらねぇ……!」
ざわめきが恐慌に変わる。指先から血の気が引き、足元がふらつき始める。
「耐えてください! 決して手を離してはなりません!」
青年の声は、命令というより冷徹な判決のように響いた。
呻き声と倒れる音が次々と重なる。一般兵、戦士、魔術師――魔力量の少ない者から、次々と膝をついていく。
それでも、石碑はゆっくりと、じわじわとしか沈まない。
「まだか……!」
「もう……限界だっ……!」
血の涙を浮かべるように、兵たちはなおロープを離すまいと必死に指を絡める。
やがて残ったのは、オダニ部隊でも名を馳せる剣士や魔術師、ほんの数人。
彼らは自分のプライドを賭けて必死にロープを握っていたが、耐え切れずほぼ同時に崩れ落ちた。
立っているのは、オダニと青年だけとなった。
「……まさか、俺が最後まで残るとはな」
オダニは唇を吊り上げ、苦しみの中で笑った。
「ええ。驚きました。ですから、あなたは本当はもっと強いはずなんです」
「偉そうに言いやがって……。だが、お前は余裕そうじゃないか」
「違います。これは……スサノオ様から預かった魔力。使い果たせば、二度と戻らないのです」
青年の声が震え、額に冷や汗が伝う。だが瞳は揺らがなかった。
石碑が地面に埋没し、変色していた土の部分が完全に隠れると、石碑全体が一瞬まばゆく輝いた。
吸い取られる感覚がふっと途切れ、重い静寂が広がる。
「……終わったな。だが俺も、魔力はもう空っぽだ」
「私もです。……ありがとうございました。これで、私の使命は果たされました」
「礼はいい。約束を果たしてもらおうか」
青年は一瞬だけ呆れ顔を見せたが、力なく座り込んでいた身体をゆっくりと起こす。
「本当に……面白い人だ。ですが、私もスサノオ様に認められた男。そう簡単には負けません」
二人は構えを取る。
剣が交わる。鋼の音が澄んだ空気を裂き、平原に高く響いた。
二人の剣だけの力は互角である。
風さえ息を潜め、静かな平原には、二人の荒い呼吸と剣戟の響きだけが刻まれていた。
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