獣の道
オダニ軍は、マルコー商会に預けてある農薬を奪い返し、帝国へと続く道を急いでいた。
だが、帝国に抜けるにはシュベルトを通るしかない。南方からの迂回は遠すぎるうえ、その道もすでに封鎖されているだろう。
「……安請け合いしたが、骨が折れる仕事だな。だが、王国軍同士で殺し合いなんて、洒落にならん」
残された選択肢はひとつ――魔物の巣食う山中の獣道。
馬も荷車も置き去りにし、兵たちは農薬の袋を背にして険しい山道を登る。
部下たちは、疲れも見せずに足を運ぶ。顔は赤く汗も滴っているのに、誰も弱音を吐かない。
「まさか、訓練でやらされた踏破が役に立つとはな」
「でも魔物がちょいちょい出てきて飽きねえな」
「口動かす暇があったら足動かせ!」
冗談を飛ばしながらも、兵たちの足取りは力強い。疲労の中に笑いが混じるのは、彼らがオダニを信じているからだった。
しかしシュベルトの山奥は、踏み込むほどに魔物が目の前に多く現れる。
「……もっと普段から数を減らしておくべきだったな」
オダニがそう呟いた刹那、先頭の兵が魔物の死体を見て眉をひそめる。
「隊長、これ……俺らが斬った痕じゃない。切り口が綺麗すぎます」
「ああ。あいつの仕業だろうな」
遠く、木々の隙間にちらりと人影が見える。振り返るでもなく、ただ「こっちだ」と言わんばかりに前を行く後ろ姿。
森深き山は方向感覚を狂わせ、太陽の光すら見えない。それでも、不思議とその影を追うことで迷うことは無かった。
やがて一行は、山頂近くの開けた場所へたどり着く。
「よし、ここで休憩だ!」
「やっとか……でも、これで残り半分ってところだな」
兵たちは重荷を降ろし、交代で警戒と食事を取る。安堵のため息を吐く者もいれば、肩を回しながら空を仰ぐ者もいる。
その中央に、奇妙な石碑がそびえていた。高さは人の高さの数倍。下半分は土色に染まり、まるで地中から押し上げられたように見える。
「なんだこれは……山奥に記念碑なんて、聞いたことがない」
オダニが何気なく手を触れた瞬間――。
ぐぅうん、と大地が唸り、石碑の奥から悲鳴めいた音が響いた。
空気が震え、オダニは息を呑み、慌てて手を離した。背筋を冷たい汗が伝う。
「それは――悪魔の這い出る穴ですよ」
声。振り返ったときには、すでに隣に青年が立っていた。
気配を殺すどころか、存在そのものがなかったかのように。
「なっ……!? いつの間に」
オダニの全身に戦慄が走る。だが、青年からは殺気が微塵も感じられなかった。
「安心してください。私はスサノオ様の使者です」
「……スサノオ大王様の、だと?」
「はい。ここに来ていただいたのは、お願いがあるからです」
青年は穏やかに微笑む。オダニの睨みつける視線も、戦場で磨いた殺気もまるで効かない。
「信じろと言うのか」
「ええ。むしろ、疑う余地はありますか? あなた方は見たでしょう?」
オダニは数秒沈黙し、やがて苦笑を浮かべた。目の前の青年は、オダニたちが調査をしたことを知っている。
「……そうだな。疑う余地はないし、俺の勘もお前をそう告げている」
「よかった」
青年が静かに安堵の息を吐く。オダニは剣の柄に手を置いたまま、ふっと笑った。
「いいだろう。お前の話を聞こう。ただし――用が済んだら剣を交えたい」
青年は答えず、ただ無言で深く頷いた。
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