王命と裏切り
「それじゃあ、農薬を回収して帝国に届けてきます!」
オダニたちは足早に出ていった。部屋には、なぜかタリアンだけが取り残されていた。
「……どうした?」
レオナールが眉をひそめる。
「いえ、グランの件ですが。亡くなる直前に、少し話をしました。あの人……帝国からの徴税のことは、本当に知らないと言っていました」
「なんだと……?」
レオナールの胸がざわつく。脳裏に浮かぶのは、あのときのグラン。
頑固で、尊大で、嫌味な男だった。だが、不正を働くような人間には到底見えなかった。
「つまり……罪を着せられて殺された、ってことか」
レオナールは唇を噛んだ。
「タリアン。お前……何か見たのか?」
「……」
タリアンは言葉を飲み込み、沈黙した。その沈黙こそ、真実を告げていた。
――そして、誰が裏で糸を引いているのかも。レオナールには察しがついてしまった。
「そうだ。サクナから連絡があったぞ。もう帰路についているそうだ。もちろん、カシスも一緒にな!」
明るい知らせを告げても、タリアンの表情は晴れない。
「……どうした?」
「いえ。ただ、良くないことが起きそうで」
「……そうだな」
レオナールは静かにうなずいた。杞憂――そう片づけられる状況ではなかった。
サクナから届いた手紙を思い出す。そこには、帝国の国王アレクセイと面会できたこと。
さらに――レオナール自身が目撃した黒いスライムを、東方旅団とゴールドハルトが何匹も討伐したと記されていた。
つまり、彼女たちの旅の本当の目的は、最初からアレクセイの周囲に潜む「敵」の討伐。
その敵とは――かつて連合王国に仕えた魔術師ダークウエルの残党。
数日後。エンジとイズモがレオナールのもとを訪れた。
その間に、アオイ伯爵は帝国との戦争を理由に「緊急事態」を発令していた。
残された執政官会議のメンバーは、アオイ、エンジ、そしてイズモの三人だけ。
冤罪をかけられたレオナールは出席を禁じられ、独房にいるしかない。胸の奥に、苛立ちが渦巻いていた。
「いわゆる超法規的措置ってやつさ」
イズモが肩をすくめる。「今じゃ財務も政務も軍務も、ぜんぶアオイの支配下だ。本当はレオナールを無実として釈放するつもりだったんだが……」
「……その口で、ツーソンから逃げようとしていたのは誰だ?」
エンジが鋭く睨みつける。
「ぐっ……!」
イズモは言葉に詰まる。
「どこに逃げようとしてたのかしら。それより――農政局の若者について教えて!」
エンジの言葉に、レオナールは顔を上げた。そうだ、あの若者のことだ。
「私は農政局で直接聞き込みをしました。でも、誰も彼の素性を知らなかった。だから内務局の名簿を調べに行ったのよ。そしたら――こいつを捕まえた」
エンジは親指でイズモを指す。
「なっ……!」
イズモは情けない声を上げる。
「ああ、この名簿によると、一年前くらいに採用されているな。しかも国王からの推薦状つきだ」
「国王推薦……? 特別な力を持っている可能性は高いな」レオナールがうなる。
「なのに軍には入らなかった。どういうこと?」エンジが眉をひそめる。
「さあな。採用されたといっても、正規の職員じゃない。森林農地の調査員扱いだ」
三人の執政官は沈黙し、それぞれ思案に沈んだ。
「……いや、それよりも問題よ!」
エンジが口を開いた。「アオイ伯爵が帝国に侵攻しようとしている!」
「なに……!?」
レオナールが息を呑む。
「勝てるわけがない! 逃げなきゃ!」
イズモが悲鳴を上げた。
レオナールは拳を握りしめた。――勝てるはずがないし、双方の被害は計り知れない。
だから動かねばならない。罪のない人を、仲間を守るために。
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