帝都からの手紙
レオナールは解放された。
「それでは、ご説明したとおりに!」
「ああ、わかった。できるだけやってみるよ」
帝国軍は対峙する兵力を最小限に抑え、カンベ元将軍の指揮のもと「害虫駆除」に専念することになった。
レオナールの姿が遠ざかると、軍はすぐに動き出す。
「……大丈夫でしょうか。執政官殿が帝国側に戻ったら、殺されてしまうのでは?」
全軍を束ねていた軍師が、不安げに問う。
カンベは鼻で笑った。
「あの黒犬どもに、空を覆う烏の群れ。それにあの防御魔術だ。調べはついている」
「そうでした。ですが、ご本人はただの学者にしか見えなくて……」
「ただの学者? どこがだ。あんな肝の据わった男はいないぞ」
カンベは少し間を置いて肩をすくめる。
「それにしても……俺を害虫駆除の指揮官にするとはな」
軍師が口元を緩めた。
「すっかり庄屋の仕事が板についていたと聞きましたし、責任を取ってもらおうと思いまして」
「ぬかせ」
二人は顔を見合わせ、旧き主従らしい笑みを交わした。軍師はカンベの元部下だった。
※
レオナールは一人、シュベルト領へと帰還した。
城門を守る兵士が知らせたのだろう、タリアンが駆け寄ってくる。
「ご無事で……!」
既に負傷兵は届けられており、決死隊の隊員たちも戻っていた。本来なら人質交換の場面となるはずだが――ケルビンは「もはや戦うつもりはない」と宣言し、解放したのだ。
とはいえ、帝国貴族たちの感情を考えれば、交渉は必要になる。
「状況は?」
「それが……」
タリアンは言い淀む。
父であるアオイ伯爵が目を覚し、執政官筆頭として指揮を執っているという。だが実際は、最初からかすり傷程度でしかなかったらしい。
「無事でよかった」
「ところがですね……最近、おかしな言動が目立つのです。どうかお気をつけを」
レオナールは小さく頷いた。だが、タリアンはさらに一歩踏み込んでくる。
「そんなことより、大事な件が!」
「害虫のことか?」
「違います!」
焦燥を宿した瞳がレオナールを射抜く。
「カシスです。姿が見えません。ご存じですよね、居場所!」
レオナールは短く息を吐き、答えを選んだ。
「……安全な場所にいる」
「帝国に囚われているのでは!?」
不安に駆られた声。変な誤解は避けねばならない。レオナールは懐から一通の封筒を取り出した。
「実は――帝都ヴォルノグラードに」
「やはり……!」
タリアンの表情が強張る。レオナールは手紙を差し出す。昨夜届いたばかりのものだ。
王国家の紋章が封蝋に刻まれている。タリアンは震える手で手紙を取り出して、目を走らせた。そこにはサクナの筆跡が並んでいた。
帝都に到着したこと。帝王アレクセイの所在を探る任務を兄スサノオから託されていること。レオナールの危機を察知していること。
そして――彼を決して傷つけさせないと誓う言葉。
カシスは帝国の建物見学や有名な建築家訪問をしているらしく、帰ればレオナールたちの新しい家を建てると楽しげに書いている。最後に追伸。
「帝国名物の冷たいスープは絶品だよ。カシス」
タリアンは息を詰め、そして大きく吐き出した。
「……はあ。こっちは生きるか死ぬかの戦争だというのに」
呆れと安堵が入り混じった複雑な表情だ。
レオナールは苦笑して肩をすくめる。
「最上位冒険者《東方旅団》が警備に当たっている。心配はいらない」
「まったく……。豪胆で、自由すぎる女性たちですね」
ふたりは苦笑するしかなかった。
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