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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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忘れられた意志

 翌朝、レオナールは独房の扉が開く音で目を覚ました。夜遅くまで指示を出していたのだ。


「出ろ。ケルビン様がお待ちだ!」

 看守に腕を取られ、石造りの廊下を進む。歩みを進めるたび、靴音が冷たく反響た。


 大会議室の扉が開く。太陽の眩しい光が差し込む広間には、帝国西部の有力貴族八名が居並んでいた。その眼差しは冷ややかで、敵意と疑念が混じっている。


「レオナール殿、昨日の農地の件を説明してもらおう」

 中央に座るケルビンが、まるで裁きを下すかのように声を響かせた。


「害虫など、我が領には存在せぬ!」

「戦を止めるための謀略であろう!」

 罵声が飛ぶ。豪奢な衣擦れとともに、怒気が波紋のように広がった。


「静まれ。まず話を聞け」

 低く唸るような声が会場を凍りつかせた。老いた将軍カンベである。

 その眼光ひとつで、喧騒は途切れ、沈黙が訪れた。オブザーバーとして参加していた。


 レオナールは息を整え、言葉を選んで口を開く。

「昨日発見したノクトワーム――これはただの害虫ではありません。数年前、帝国東部で現れた変異種。土の中に隠れ夜毎に、畑の茎を荒らし、やがて全て枯らします」


 重々しい声は、石壁に反響してさらに重みを増す。数人の顔色がわずかに曇ったが、なお戦争継続派は首を振った。


「ならば見つけ次第、駆除すればよい」

「まだ被害が広がっていないのなら、焦る必要はない」


 その言葉に、レオナールはかすかに笑った。

「そのように仰ると思いました」


 彼が小さく合図すると、扉が開く。黒犬数匹が静かに入ってきた。漆黒の毛並みに光を吸い込み、赤い瞳が炎を映して妖しく輝く。場の空気が一瞬で張り詰め、ざわめきが止んだ。


「遅くなりました」

ケルビンの騎士団長が羊皮紙をレオナールに手渡した。


「このように、皆さまの領地も調べさせていただきました。――これがその結果です」


 レオナールは大地図を広げた。羊皮紙の上に刻まれた赤黒い印が、各領地に潜む不気味な点となって並んでいる。


 ざわ……と空気が揺れ、誰もが息をのんだ。

「皆さま、お忘れでしょうか? あるいは、覚えておられるはずです。私が生まれる前、この帝国を襲った大飢饉を」


「……忘れられるものか。あの時も害虫が発端だった」

「そして疫病……。我らは力を失い、王国に屈した」

 年老いた貴族たちが呻くように応じる。


 レオナールは一歩前へ出て、首を振った。


「いいえ。真の過ちはそこではありません。――あの時、レイラ様は幾度となく警告を発しておられたのです。皆さまのお手元にも手紙が届いたはずです」

 その名を口にした瞬間、会議室の空気が変わった。

 老貴族たちの瞳が潤み揺れる。

「そうだ……。わしのような小領主にまでお便りをくださった」

「『必ず備えよ』と。あのお方に受けた恩義、忘れてはおらぬ」


 会議室には、祈りの場のようなしめやかさが満ちていった。

「戦の責は王国にあります。しかし、レイラ様が亡くなられて、まだ数年しか経っていない。――その遺志を、我らが踏みにじってよいのですか」


 沈黙が落ちた。やがてケルビンが重く口を開く。

「よい。決を取ろう。西部八貴族で決する。他の者は退け!」


 廷臣や兵が慌ただしく退室する。

 立ち去り際、レオナールは振り返らずに言った。

「会議の結果にかかわらず、農薬は提供いたします」


 扉が背後で閉ざされ、静かな廊下に出る。冷たい石壁に反響する足音が、ようやく彼の心を解き放つ。

「立派な演説であった」


 背後からカンベ元将軍が声をかける。

 レオナールは微笑んだ。


「演説ではありません。ただ……真実をお伝えしただけです」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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