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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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白鷺の伝言


 交渉は、結局うまくはいかなかった。

「……やはり、覚悟を決めているようだな」

 カンベ元将軍が低くつぶやく。その声には諦念と、かすかな怒りが混じっていた。


「それに、ここで不戦を選べば裏切りと取られる。だが──夜の警備は緩めると口にしていた。あまり信用はできんのだがな」


 帝国で一目置かれる存在である彼が、そう口にする。その言葉の重みを、レオナールは感じ取った。

 口約束とはいえ、カンベとの約束を簡単に反故にするとは思えない。


「ありがとうございます。ただ……夜までは、どうにか耐えていただくしかありませんね」


 外はまだ昼。太陽が沈むまで、長い時間が残されている。


 初日から帝国軍が夜襲を仕掛けるとは考えにくい。だが、油断は禁物だった。


「事情は少し見えてきた」カンベが続ける。「オルフィンは西部帝国の諸侯から税を徴収していたらしい」


「知らなかった……。なぜそんなことを?」タリアンが眉をひそめる。


「帝国を属国とした時からだ。戦費の名目で。最初はわずかだったが、ここ数年で倍々に膨れ上がったらしい」


 皇帝アレクセイが王国との関係を重んじていることを知る貴族たちは、口をつぐんできた。訴えれば逆に忠誠心を疑われる。だから沈黙を選んだのだ。

「さらに通行税や関税をかけると通告した。そして──交渉の使者を捕らえた」


「……!」

 それは交渉決裂の合図だった。加えて、帝国領近郊での大規模な軍事演習。挑発は明白だ。


「ウラクから情報がもたらされた。『帝国への侵攻あり』と」

「それを信じたのか?」


「オルフィン侯爵領の重鎮だ。しかも長い親交があり、信頼していた」

レオナールとタリアンは、深く息を吐いた。重苦しい空気が胸を押し潰す。


 約束を守り、人質を解放された貴族軍は、戦場から少し離れた場所に夜営地を築いた。


 だが警備は手薄で、八つある西部貴族のうち二つがその状況にあった。退路は、その間にぽっかりと開いている。


「だが……追撃されるのは間違いない」

タリアンの声は硬い。撤退戦において、殿軍は必ず大きな犠牲を払う。


「私が務めましょう。汚名を晴らす機会です」

レオナールが一歩前に出る。その瞳は揺らいでいなかった。


「ですが、あなたは軍人では……」

「これでも学園の出身ですよ。最低限の軍学は叩き込まれている。それに、タリアン。あなたは救援軍全体を指揮しなければならない」


 カンベは口を閉ざし、深い皺の奥の瞳だけを光らせた。ボリス軍は中立。参戦は許されない。彼はその立場を守り続けるしかなかった。


「……無事を祈る」

 ようやく絞り出した言葉は短く、それでいて重い。


 その日、キタノ北方方面軍は寡勢ながらも持ちこたえた。防衛線を突破されても再構築し、陣地は縮んだが、損害は最小限に抑えられた。


 空を仰いだレオナールの視界に、白い鷺が舞い降りる。

「伝令鳥の代わりに、こいつを使えというのか……」


 彼は羽音を聞きながら、サクナに手紙をしたためた。


──振り上げた拳を、一度下ろさせねば和平交渉は成り立たない。相手が有利である時こそ、なおさらだ。


「誰かがやらねばならない。それは、私だ」

夜風に言葉を乗せ、彼は誓った。


「生きて帰る。必ず……愛している」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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