悪い予感
深夜、レオナールは眠りの淵で微かに漂う人の気配に、反射的に目を覚ました。独房の外には、数人の警備隊員がぴたりと立ち、冷たい視線を向けている。
「やってしまおう!」低く唸るような声が、暗闇の中で響いた。
「ああ、こいつのせいで仲間が……」
「このままでは釈放される。許せん」
レオナールは瞬間、状況を整理した。看守の姿はない。鍵の束を手にした隊員たち──いや、仲間に違いない──が、独房の扉を開けようとしている。手には剣。殺意が濃く滲んでいた。
「だから、ウラクの謀略だ!」
レオナールは落ち着いた声で説明した。
「そうなのか……信じられん」
「馬鹿か、騙されるな。口が上手いだけだ」
「ウラク様は自死してまで告白した!」
剣が振り下ろされようとしたその瞬間、黒い影が飛び込んだ。数匹の黒犬が、まるで闇そのもののように隊員たちに襲いかかる。
「ぐ……!」床に転がる隊員たち。意識を刈り取られ、剣は床に転がった。
黒犬たちのボスが、低く唸りながらレオナールを見た。『出て行け』の無言の命令。だが、レオナールは首を振る。
「そうか……」その声が聞こえるような気配の中、黒犬たちは隊員たちを廊下へ運び、扉の前に座り込み番犬となった。
目を覚ました隊員たちは剣を探すが、手元には何もない。慌てて他の仲間を叩き起こし、逃げ去った。野犬たちはその様子を冷ややかに見守っていた。
昼になると、看守の一人が食事を運んできた。
しかし、黒犬たちが立ちはだかる。扉の前にトレイを置き、走り去っていった。
「がちゃん」──スープの匂いを嗅いだ黒犬は、乱暴にトレイをひっくり返す。毒の存在を察知したのだ。
しばらくして、一匹の黒犬が戻ってきた。口には水瓶と果物、干し肉の入った袋。慎重に部屋に入り、レオナールの前に置く。
「ありがとう……お前たちは、サクナの使いか」
その一言に、黒犬たちは一瞬だけ耳を伏せ、怯えたように反応した。
夕刻、タリアンが緊張した面持ちでやってきた。黒犬たちは、敵意を感じないのか自然に道を開ける。
「剣も鍵も揃っている。それに頼もしい番犬も」
レオナールは微かに笑った。
「だが、紙と筆がない。サクナが心配するだろう。手紙を出したい」
タリアンは小さな机と椅子を運び込み、落ち着いた環境が整った。
「これでゆっくり話せます。何があったのですか?」
レオナールは襲撃の顛末、毒殺未遂、そして黒犬の存在を詳しく話した。
「ご迷惑をかけました……悪い予感が当たりましたね」
タリアンは防衛体制を説明し、レオナールは戦略的懸念を指摘する。
「悪いが、私は戦闘の専門家ではないので一般論だが」
「いえ、大変助かります」
その時、副官が速めの足音を響かせ地下牢にやってきた。
「北方方面軍が敵を発見。戦闘に突入した模様です」
「見つけられたのか……良かった」
タリアンは一瞬安堵したが、副官の表情は厳しい。
「いえ、北方方面軍は敵に包囲されるほどの大軍相手です」
「私の悪い予感も当たったか」
レオナールは目を細め、呟いた。小競り合いではない。本格的な戦争が始まったのだ。
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