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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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225/251

陰謀の網


 レオナールは、懐から取り出した遺書の複写を凝視した。

 震える指で紙をめくると、そこにはウラクの狂気に満ちた文字がびっしりと並んでいた。


 ――レオナールが帝国の一部勢力と通じ、オルフィン侯爵領を奪う反乱を企てている。

 荒唐無稽な告発だった。だが一つ一つの文言は恐ろしく具体的で、読む者の心を揺さぶる力を持っていた。


「馬鹿な……理屈が通らない」

 思わず口からこぼれる。だが文面は容赦なく続いた。


 ボリス率いる帝国からの亡命軍。オダニ、エンジの指揮する解放軍。演習を装った戦場で、魔物のスタンピードと奇襲を重ね、侯爵軍を弱体化させ壊滅に追い込む。


 その全てを企画し、裏から糸を引くのはレオナール――。

「ありえない……」


 しかし現実は、文書の妄想に奇妙な形で重なっていた。侯爵は帝国軍の急襲で命を落とし、魔物の襲撃も実際に発生したのだ。


 遺書の末尾には、狂気じみた確信が記されていた。

 ――最後はサクナ様を言葉巧みに丸め込み、我らを逆に反乱分子に仕立て上げるだろう。私は彼に呼び出された。一刻も早く止めなければならない……。


 そして、ウラクは自ら命を絶った。

 レオナールは深く息を吐き、額を押さえた。

 この壮大な陰謀を実際に操っているのは、別の誰か――ボリスを侯都に招き入れたアオイ伯爵。


 その名が脳裏をよぎる。襲撃を受けて重症だが、それさえも自作自演の可能性がある。


「監獄で腐っている場合じゃない……」

 立ち上がり、独房の鉄扉を叩いた。

「開けろ! 争いを止めに行かねば……!」


 だが返事はない。看守の気配もない。嫌な汗が背を伝った瞬間、遠くから物々しい足音が迫ってきた。


 やがて扉が開かれ、現れたのは血に濡れた甲冑姿――カンベ将軍だった。


「ご無事でしたか、レオナール執政官!」

「カンベ将軍……なぜここに?」

「我らの軍が包囲されているのは承知していました。それと――あなたの伝言。警備隊が謀反を起こすかもしれぬと」


 伝言。仕組まれていたのか。レオナールは奥歯を噛みしめた。陰謀の網は、自分の名を囮として確実に広がっていた。


「急ぎましょう。ここに留まれば、全て敵の思惑通りです」

 カンベが差し伸べた手を、レオナールは迷いながらも掴んだ。その背後には、農政局の若い役人が青ざめた顔で従っていた。彼もまた、この混乱に巻き込まれた一人なのだろう。


 監獄を出ると、侯都の中心にある広場に縛られた警備兵たちの列が見えた。

 血にまみれ、無残に倒れている者もいる。カンベの部下たちが負傷者を引きずり出していた。


「悪いが、無傷で捕らえることは叶わなかった。我らも大きな損害を受けている」

 視線を向けてきた警備兵たちの眼差しは、氷のように冷たかった。


 裏切り者を見る目――。胸の奥が刺されるように痛んだ。

「治療を……お願いします」


 震える声で命じると、農政局の青年が慌てて駆け寄り、負傷者に応急処置を施し始めた。

「ボリス様は一足先に、侯城へ向かわれました」


「そうか……行こう」

 だが歩を進めながら、レオナールの心には重い影が差していた。


 このままでは自分は、反乱軍の一員に見えるのではないか? いや、すでにそう扱われているのかもしれない。


 不安を胸に侯城の大扉をくぐり拝謁の間に向かうと、そこで待っていたのは満面の笑みを浮かべる男――。


「おお、レオナール殿、ご無事で! 反乱軍は見事、制圧しましたぞ!」

 声高に言い放つボリス。


 その姿は、侯爵の席にどっしりと腰掛け、まるで当然の権利のように玉座を占めていた。

 レオナールの喉が凍りつく。


 侯爵の亡骸もまだ冷めぬというのに――そこに座るべきでない男が、笑みを浮かべていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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