ウラクの遺書
オルフィン城の地下。
石壁からは冷たい水滴が落ち、鉄の匂いが鼻を突く。薄暗い取調室は、まるで外界から切り離された牢獄そのものだった。
「レオナール執政官――ウラク様殺害の件ですが、どうやら違うかもしれませんね」
中年の取調官が、不気味に口角を吊り上げる。
「……違う? それなら誰かが真実を見ていたのですね」
レオナールは胸を撫で下ろし、安堵の色を浮かべた。だが、次の言葉でその表情は凍りつく。
「残念ですが。遺書が出てきましたよ、死体からね。直筆も鑑定済みだ」
「……遺書?」
「ええ。そしてそこには――“あなた方の内乱計画の告発”が書かれていた」
その瞬間、レオナールの胸に嫌な記憶が甦る。
死の間際、ウラクが吐き捨てた言葉。
――必ず罠に嵌めてやる。
「……なるほど。ならば取調べを受けよう。潔白を証明してみせる」
レオナールは深く息を吐き、微笑みを作った。だが、その声色には鋼の響きがあった。
「それより、侯爵軍はどうなっている?」
「見ていたでしょう。演習場に退いた。被害は甚大だ。侯爵は即死。アオイ伯爵は重傷だ」
「……そうか」
レオナールは目を伏せた。友の死を悼む暇すら与えられない。
「さらに言えば、シュベルトも戦争状態だ」
「どこと?」
「警備隊と――帝国からの亡命軍だ。奴ら、ついに本性を現したのさ」
取調官は勝ち誇ったように鼻で笑う。
「そんなはずはない! ボリス様たちは招集に応じただけだ!」
「ふん、それも遺書に書かれていた。お前たちが兵を募り武力蜂起を企てたと。逆に利用させてもらったのさ。俺たちも元王国騎士団の端くれだ」
だが、レオナールは確信していた。
――カンベ将軍が、そんな稚拙な罠に落ちるはずがない。
「やめろ。カンベ元将軍は、降伏など絶対にしない。奴には……力がある!」
「黙れ! サクナ様の婚約者だからまだ優遇してやっているが、口を慎め。次は拷問だぞ!」
その時だった。
――ドンッ!!
地鳴りのような爆音が地下まで響き、鉄格子が揺れる。
「……ちっ、何をやってるんだ!」
取調官の顔が青ざめる。
「レオナール執政官を牢に放り込め! 様子を見てくる!」
慌てて立ち去る取調官。机の上には、調書、筆記用具、そして――ウラクの遺書の複写が残されていた。
レオナールは看守の視線を盗み、それらを懐に滑り込ませる。
「ここだ、入れ!」
鉄格子の軋む音と共に、彼は最奥の独房に押し込まれた。
冷たい石の床。閉ざされた暗闇。
だが――その胸には確かな決意が灯っていた。
「ウラク……貴様の罠ごと、必ず打ち破ってやる」
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