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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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223/251

陰に笑う者


「何が起きているんですか!」

「見ての通りだ……ほら、始まるぞ!」

 ウラクが塔の上で薄笑いを浮かべ、指を突きつけた。


 狭道を進むオルフィン侯爵軍。その中央には侯爵とアオイ伯爵が堂々と馬を並べる。護衛兵に守られた威風堂々の姿――だが、次の瞬間――


 シュツ、シュツ――。

 弓の音が闇を裂く。矢は正確に二人の胸を貫いた。

「なっ……! 侯爵とアオイ伯爵が――!」


 レオナールの叫びは、雨と風にかき消される。二人は馬上から崩れ落ち、泥まみれと化した。死んだのか?


 兵たちが駆け寄る間もなく、狭道は混乱の渦に飲まれる。

 大雨と烈風が声を奪い、指揮の声は届かない。隊列は崩れ、秩序は瓦解した。


 頭上――崖の上に朱色の帝国旗が翻った。

 血のように赤く輝く旗を合図に、帝国軍が一斉に攻撃を開始する。


 岩、倒木――轟音と共に落下し、兵士たちは押し潰される。悲鳴が泥と雨に溶けて消えていく。


 血に濡れたぬかるみは、次々と兵を転倒させる。倒れた者は立ち上がる間もなく、後ろから押し寄せた戦友に踏まれた。


 シュベルトへの道は、帝国軍によって守備陣形がつくられていた。

 魔術と矢の雨が容赦なく降る。指揮官が狙われ、兵は次々に戦線から消える。


「ははっ……哀れだな。これが大陸最強と謳われた王国軍か?」

 ウラクの笑い声が塔から響き渡る。


 レオナールは歯を食いしばる。昨夜の魔物のスタンピードで、魔術師はほとんど魔力を使い果たしている。今はただ、矢と魔術に蹂躙されるのみ――一方的な死が迫っていた。


「ここは……撤退しかない!」

 思わず口にした。顔は青ざめて震えていた。

 その光景を愉快そうに見下ろすウラク――


 だが、北部方面軍がキタノを先頭に盾を構え、帝国軍と対抗するように布陣。東部方面軍はトウノの指揮で壁をよじ登る。


「ここまでか……面白かったぞ」

「……あなたは帝国と結んで裏切るつもりですか!」


 レオナールの怒りの声が響く。

「馬鹿を言うな。あれが本物の帝国軍に見えるか?」


「じゃあ、誰が――」

 言葉を遮るように、ウラクの表情が歪む。

 瞳の奥に黒い光が瞬き、声は低く濁り、二重に響く。背後の闇が人の形を取ろうと蠢いた。


「フフ……いつまでも平和でいられると思うのか?」

 声が耳の奥で二重に反響し、頭を貫く。思わず後ずさる。これはウラクではない。人の声ではない。

「……お前、まさか……」


「安心しろ。この混乱は――お前たちの仕業として歴史に刻まれるのだからな!」

 狂気の笑みとともに、ウラクは絶叫した。


「助けてくれ! レオナールに殺される!」

 階段を駆け上がる警備兵の足音。レオナールが腕を伸ばすも、振り払われる。


 ――そして。

 ウラクの身体は塔から落下。鈍い衝撃音と共に血が飛び散る。


 だが。

「……あれは……?」

 レオナールは息を呑んだ。

 ウラクの体から――黒い液体が滲み出し、這い出していた。


 泥でも血でもない。影のように揺らめき、生き物のように森へと消えていく。

 一瞬の出来事。誰もが死体を見つめる中、異様な黒はレオナールだけの視界に映った。


「な、何だ今のは……?」

 背筋に氷が這い上がる。脳裏で先ほどの声が反響する――いつまでも平和でいられると思うのか?


「レオナール様、これはどういうことですか!」

 駆けつけた警備兵の声。

「ウラク殿が……飛び降り自殺を……」


「そうは見えませんでした。押し倒したように見えましたが?」

「ち、違う! 私は――」

 弁明は届かない。


 誰も黒い液体を見ていない。証拠もない。

「詳しく話を聞きます。来てもらいましょう」


 両腕を押さえられ、レオナールは尋問室へ。


 背後には、死んだウラクの肉体と、どこかで嗤う悪魔の気配――ただそれだけだった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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