間引きの演習
「遅かったですね。来ないのかと思いましたよ」
監視塔に駆け上がると、外を見つめていたウラクが振り返った。
穏やかな微笑みを浮かべているが、その目にはどこか底知れぬ光が宿っていた。
「夜の演習ですか?」
レオナールは声を震わせながら、外の様子を確認する。暗がりに光と物音が交錯し、そこから魔物のうなり声や武器の衝突音が微かに聞こえた。
視界の奥に見えるのは、通常の兵士ではない。明らかに、大型の魔物たちだ。
「ええ、実戦的な訓練ですよ。暗くて見えにくいでしょうがね」
ウラクの声は、柔らかい響きに包まれていながら、微かに興奮が混ざっていた。
レオナールは目を見張る。「おい……敵は魔物の大群じゃないか! あんな巨大な魔物までいるぞ!」
「だから、さっき言ったでしょう? 実戦的だと」
ウラクは楽しげに肩をすくめた。その口元の微笑みが、どうしても人を不安にさせる。
「これじゃ、軍に被害が出る!」
怒りを込めて声を張り上げたレオナールに、ウラクは穏やかに応える。
「これくらいで死ぬ兵士はいりませんよ。間引きです……まあ、ここだけの話ですけどね」
温厚そうな顔の奥で、冷酷な意図が透けて見える。その瞬間、レオナールは背筋に冷たいものを感じた。
「これは……軍事裁判ものだぞ!」
息を飲むレオナールに、ウラクは微かに肩をすくめた。
「普通ならそうでしょう。でも、この計画を立てたのは、オルフィン侯爵です」
その言葉に、レオナールの頭は真っ白になった。まさか、あの侯爵が……。
数時間が過ぎ、静かな朝の光が森に差し込む。神聖な時間のはずだが、レオナールの目に映るのは、血まみれの兵士たちと、倒れた魔物の山だった。
「ああ、この件は言わないほうがいいですよ。あくまで魔物のスタンピークが偶発的に起きただけですから。思ったより被害も少なかったですね」
ウラクは涼しい顔で笑う。その笑みは穏やかだが、同時に戦場の惨状を楽しむかのような不気味さを含んでいた。
レオナールは部隊ごとの被害を確認する。東方方面軍はほぼ無傷なのに、南方方面軍は壊滅的だ。
「おかしい。オダニがいれば理由がわかるだろうが……」と、悔しさと無力感が胸を締めつける。
「軍が帰還すれば、あなたの好きな計算も集計できます。それに、まだ演習はまだ途中ですよ」
ウラクの声には含みがあり、ただの観察者ではないことを示唆していた。
レオナールは看護部隊を編成しようと塔を降りかけたが、足が止まった。草原を退却するオルフィン侯爵四軍。
敗残兵のように俯き、静かに狭道を進む。朝霞がかかり、雨がぽつりぽつりと降り始める。
「めぐみの雨ですね。植物には。でも、彼らにはどうでしょうか」
ウラクの呟きに、空気がひんやりと凍った。さらに大きな雨粒が兵士たちの肩や頭に落ちる。風が吹き、軍旗を揺らすたび、兵士たちは俯いたまま進むしかない。
狭道の両壁の上に、戦闘態勢を整えた多くの兵が姿を現す。
「あの旗は……帝国の旗ですね。これは、一体……」
ウラクは再び微笑んだ。
その微笑みは穏やかでありながら、今後起こることを予見しているようだ。戦場に漂う緊張感と恐怖を、まるで楽しむかのように。
「これからが、本番ですよ。観戦しましょう」
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