アメフラシ
「お前の案を見せてみろ」
「はい。はーい」
スサノオの威圧に屈せず、エンジは机の上に地図を広げた。手描きの地図には、びっしりと数字や記号が書き込まれている。
「……ちょっと待て」
スサノオは自分の地図と見比べ、眉をひそめる。
「これはお前が作ったのか? ずいぶんと粗いな」
「何を言ってるの、最新よ。測量してきたばかりなんだから」
「お前が測ったから間違いが多いんじゃないのか?」
エンジは小さく「いけない」とつぶやくと、リュックから半透明の紙を何枚も取り出し、地図の上に重ねていった。
「違うわ。地元の役所に手伝わせたものよ。スサノオ様の地図は、五年ごとに国に提出されるでしょ? だから川の流れなんて、とっくに変わってるの。これが、その移り変わり」
半透明の紙には、過去の地図が薄く描かれている。めくるごとに川筋が揺れ動き、大地が呼吸しているかのように変化が見えてきた。
「ふうん……」スサノオは思わず唸った。
「それとね、田畑の位置なんてもっと酷いわ」
「なぜだ?」
「怠慢と癒着よ。農民が自分から正しく申告するわけないし、役所も仕事をしないんだから」
エンジは、役所の協力を得て測量を進めるうちに、登録された田畑の位置や数が現実と大きく違うことに気づいたのだ。
「よく彼らが協力したな」
「あなたの名前を使ったのよ」
「ははは……俺は裸の王様だな。こんな基本にすら気づかないとは」
自嘲気味に笑いながら、スサノオは地図に視線を戻す。
「で、この情報を元に作った案がこれか?」
彼の目が止まったのは、川上に描かれた池だった。大きな印がつけられている。
「これは?」
「この池が原因なんだと考えました。もちろん降水量が増えれば他の川も増水します。でも、この池からの流れは異常なんです」
「確かに……」
「しかも、それだけじゃない気がします」
エンジは再びリュックを探り、一本の瓶を取り出した。中には濁った水と、黒い粒のようなものが沈んでいる。
「見当違いかもしれません。でも……古い伝承にある魔物の卵かもしれないんです」
スサノオは黙って鑑定魔術をかけた。瓶が淡い光を放ち、やがて静かに沈黙する。
「……なるほど。わかった」
彼は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「お前の勝ちだ。無礼を詫びる」
「えっ……?」エンジが目を瞬かせる間に、スサノオは立ち上がり部屋を出ようとした。
「どこに行くの? 会議の途中ですよ!」
「洪水の原因を絶つ!」
「なら、私にも同行する権利があります!」
「もちろんだ」
エンジは慌てて後を追った。
※
「――まあ、そんなことがあって、彼は私に頭が上がらないのよ!」
エンジは得意げに話を締めくくった。
「おいおい、スサノオ大王に失礼だぞ! その後のアメフラシ討伐の話もあるだろ!」
「オダニは討伐の話ばかり聞きたがるのよ。この話の本題はこっちなのに」
皆の笑い声がエンジの執務室に広がった、その時だった。
派遣していた密偵が駆け戻り、深く息を吸い込む。
「彼らの居場所を突き止めました」
「わかったわ。突撃しましょう!」
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