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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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戦いの予感


 しばらくして、ようやくカシスが戻ってきた。瞳は赤く腫れ、頬には涙の跡が残っている。外では、石畳を叩く蹄の音が、いつまでも遠ざからずに響いていた。


「どうした? あいつに何か言われたのか?」

 カシスの兄が立ち上がり、怒気を帯びた声を投げかける。


 しかし彼女は答えられなかった。ただ震える唇を噛み、首を横に振るだけだった。

「どうしたの、話してごらんなさい」

 その言葉に耐え切れず、カシスは堰を切ったように涙をこぼした。


 サクナは彼女を隣に座らせ、周囲の者に目配せをして部屋を出ていかせる。残された静寂の中、サクナはハンカチで涙を拭い取った。


「オルフィン侯爵南部方面軍の司令官に抜擢されたんです。……演習に来たついでに顔を出したって」

「それで?」


「でも、様子がおかしくて……。だから聞いたんです。『私に隠し事をするなら結婚なんてしません』って。そしたら……『きっと戦場に行くことになる』って……」


 声が震え、言葉の最後は涙に溶けて消えた。

 サクナは彼女の肩を優しく抱き寄せ、だがその瞳は鋭い光を放っていた。


「安心なさい。戦争なんて、私がさせやしない」

 その夜、月の光を避けるように──夜に飛ばぬはずの烏が数羽、侯都シュベルトへと向かっていった。


 翌日、街外れのレオナール邸宅。まだ荷が片付かぬ室内に、緊急の会議が開かれていた。人気のない場所ゆえに、秘密を語るにはうってつけだった。


 集まったのはレオナール、オダニ、急遽呼び寄せられたイズモ──そしてなぜか、エンジの姿もあった。


「……エンジ? お前、なんでツーソンに?」

 怪訝そうに尋ねるイズモ。

「何よ、その顔。司法局は全国に支局があるのよ。あんたの内務局と一緒!」

「いや、でも……お前が出張なんて珍しいだろ」

「ふん。珍しいから何? むしろ本局ごとツーソンに移してやろうかしら!」


「……はぁ」

 二人のやり取りに、レオナールは額に手を当て、深いため息を洩らした。

「世間話は後だ。まず本題に入ろう」


 昨日手に入れた情報を、レオナールは簡潔に、しかし一語一語を重く区切りながら全員に伝えた。

「国家間の戦争……二十年以上起きていないはずだ」

「ああ。隣国は帝国。巨大な大国だが、我らの属国である」

「侯爵が勝手に戦争を始めることなど、本来はあり得ん」


 牧草地を吹き抜ける風が、窓をかすかに揺らし、室内の沈黙を一層際立たせていた

「すでに全軍は侯都シュベルトに集結しているはずだ」


 レオナールの声が低く響く。

「エンジ、侯都で何か変わったことは?」

「兵士であふれていたけど……不思議と緊張感はなかったわ」


「となれば、侯爵と……アオイ、ウラクくらいしかまだ知らない。直接、会いに行くしかあるまい」

 レオナールが言い放つ。

「危険です、レオナール様!」

 オダニが立ち上がり、強く引き止めた。


 だが彼は首を振る。

「知ってしまった以上、目をつむることはできん。今ならまだ、止められる可能性がある」

 室内の空気が一瞬にして張り詰めた。 


「……わかりました。ならば一刻を争いますね」

 オダニの返答に、全員の顔が一斉に引き締まる。

 侯都に待つのは──火薬の匂いか、それとも交渉の席か。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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