マクラーレン家
「へえ、細かいところまで気を遣ってあるのね?」
サクナは家の造りに感心の声をあげた。
「ありがとうございます」
「この家の設計者の人は、とても優秀だわ!」
「へへへ、私です!」
カシスは嬉しくて、その場で照れながら飛び跳ねた。
「はしたないぞ!」オダニが叱る。
「じゃあ、契約しましょう!」
どんどん話を進めるサクナに、レオナールは黙って見守るしかなかった。
「ありがとうございます! 恥ずかしいですが、ぜひ我が家に」
※
カシスのマクラーレン家には、年老いた父と兄がいる。母は既に亡くなっていた。
「お父さん、兄さん。あの屋敷、契約者が現れたわ!」
「本当か? だが……お前の趣味で建てた家だし、街からも離れてるぞ」
兄の声には乾いた疲労が滲んでいた。借金取りに毎日責め立てられ、喜ぶ余裕など残っていない。
「何を言うの、兄さん。建材も内装にもお金をかけてるのよ! 私の給料を全て注ぎ込んだんだよ!」
「そんな金があるなら、少しでも借金を返せばよかった……!」
兄の拳はわずかに震えていた。怒りというより、積年の疲労がその手に刻まれている。
言い争ううちに、オダニの馬車がマクラーレン家に到着した。
「そんなことより、お客様を出迎えなきゃ。父さん、早く来て!」
「何を言ってるんだ、カシス。ただの借主に、男爵が出迎える必要などない!」
兄はつなぎの作業着姿。土まみれで、着替える暇もなく次の作業が待っていた。
「お邪魔します。マクラーレン男爵はおいでですか?」屋敷の扉が開き、二人が入ってきた。
「ああ、父は在宅しているが、用事で手が離せなくてな……お前は?」
「失礼します。この度、オルフィン侯爵領の執政官を命じられました、レオナールです。大家様にご挨拶を」
「ふうん。家は貸してやる。だが、カシスは官僚如きにはやらんぞ!」
兄は妙に喧嘩腰だ。妹を奪われるのではないかという不安と、疲弊が重なっていた。
「いえ、カシスさんはいりません!」
レオナールは即答する。声が少し裏返り、背後からサクナの気配が刺さり冷や汗が首筋を伝う。
「なんだと失礼な奴だ! うちのカシスのどこが不満なんだ!」
「し、失礼なのは……お前だろう。執政官に対しての無礼な態度、見過ごせん!」
レオナールが答え方を考えている間に、オダニが前に出て威圧する。
「ふん。オダニか。執政官を首になった一代限りの男爵じゃないか? 歴史のある我がマクラーレン家と一緒にするな!」
兄は強がったが、声の端には悔しさが滲んでいた。
「兄さん、やめてよ。さっきから暴言ばかり。父さん、早く来て!」
カシスはたまらず大きな声を上げた。
「どうした、騒がしいな。……借金取りならお断りだぞ!」
階段を降りてきた父の第一声に、カシスは恥ずかしくて顔を下に向ける。
その言葉は、日々繰り返された借金取りの訪問から、もはや口癖になっていたのだ。
「ははは、面白い冗談ね。生まれて初めて借金取りに間違われたわ!」
サクナが笑って言った。
「お前は誰だ?」
「この牧場は、子供の時に母さんと来て以来。マクラーレン卿、覚えてないかしら、サクナよ!」
マクラーレンの眠そうな目が大きく見開かれた。
「お、お嬢様。カシス何をしている! 早く、応接にお通ししろ!」
兄は呆然とし、次の瞬間、その場に崩れ落ちた。
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