聖王国のサクナ
「これで一安心です、助かりました。ゴールドハルト殿」
「レオナールは、相変わらず心配症だな。後で、歓迎会でもしてくれ!」
「何を言ってるんですか? ゴールドハルト商会長の歓迎会は、我らツーソンの商人がやりますよ!」
まるで子犬が尻尾を振りながら甘えて吠えるように、挨拶の列を作る商人たちが言った。
「わかったよ。じゃあ、明日にでも仕事場に行くよ」
「お待ちしてます!」
話を終えたレオナールに、オダニが小声で耳打ちする。
「執政官殿、大事なことを忘れてませんか。家を見学しないと!」
「そうですよ! 簡単ですが、清掃も終わっていますし」
屋台で買ったと思しきりんご飴を頬張りながら、カシスが笑った。
「ああ、行こうか」
町の中心では、冒険者の東方旅団の団員たちが、子供や町民に囲まれてサインをねだられていた。
レオナールが立ち去ろうとしたところに、二人の冒険者が挨拶にやって来る。
「おい、レオナール、久しぶりだな!」
一人の男は、彼の王国学院での同級生だった。
「カーチス。見違えたよ。東方旅団の一員になったとは聞いていたよ」
「ああ、なんとか合格できてね。まあ、下っ端の雑用だが勉強になるよ」
「それは良かった」
もう一人、異質な雰囲気を纏う女性をカーチスが紹介する。
「今回特別に同行しているナクサさんだ。聖王国から来た賓客だ」
「よろしくお願いします、レオナールさん」
「どうも……」
すぐにわかった。幻影魔術で違う容姿を生み出しているのだ。オダニも気づいている。
「ああ、聖王国の方ですので。意味はわかりますよね?」
カーチスは追求を避けるように目を逸らすが、レオナールは「騙されているのは彼の方だろうな」と悟った。
「本当は、美人な方なのかしら。どう思う、執政官?」
カシスがレオナールの服を引っ張りながら囁く。ナクサは見た目こそ素朴な田舎娘風だが、どこか凛とした気品を漂わせている。
ばしっ――カシスの手に静電気が走る。
「私の容姿はともかく、あまり殿方に触れるのは、見苦しいですね」
「い、いや、これは仲が良いので、つい……」
「つい……ですか。ふふ、面白いですね」
まずい、ナクサの機嫌を損ねかけた。
オダニがすかさず空気を切り替える。
「それでは、私たちは用事がありますのでこれで……」
「せっかくツーソンに来たのです。レオナールさんに案内してもらいましょう」
「すいません。本日、執政官殿の住まいの受け渡しがありまして……」
だが、言い訳は通じない。
「それは興味がありますね。ご一緒します」
カーチスは慌てて焦る。
「ナクサさん、それは迷惑を……」
「構いませんよ。行きましょう、ナクサさん」
レオナールは微笑む。ここで断る選択肢など考えられない。
「少しお待ちください。団長の確認を取ってきます」
カーチスは焦って走っていった。
「乗って待ちましょう!」
ナクサはレオナールを無理矢理、馬車にエスコートした。その微笑には、単なる優しさ以上の力強さが宿っていた。
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