ゴールドハルト
「そんなことがあったんですか?」
レオナールは、オダニに案内されながら、これから住む予定の貸家へと向かっていた。
「どうします?」
「別に大げさなことはしません。ただ、納品を頼んであるマミヤ商会の様子を見に行きましょう」
「了解です」
市場の一角にあるマミヤ商会の周りには、他商会の監視役が目を光らせていた。
「こんにちは」
声をかけても、マミヤ本人はなかなか出てこない。
「ああ……なんだ、執政官か。やっと昼飯にありついたところだよ。上等な野菜はもう残っちゃいないね。明日おいで!」
バックヤードの仕切りから顔を出したのは、白髪の女商人だった。
「違うんです。手配をお願いした品の件は?」
「無いね」
彼女は、あっさり首を振った。
「お前を信じて依頼したんだぞ! 婆さん!」
オダニが声を荒げる。レオナールは慌てて彼を宥めた。
「まったく、気の短い番犬だね。……ちょっと待ってな」
マミヤは奥へ引っ込み、小ぶりな鞄を抱えて戻ってきた。
「店を空けると何が起こるかわからないからね――火事や泥棒とかさ。さあ、ついてきな」
「倉庫ですか?」
「違う違う。この街でそんな無茶できるもんか。あ、馬車を隠してたんだ。悪いけど乗せてってくれないか?」
レオナールにも、周囲の監視の視線が突き刺さっているのが分かった。
大通りに停めてあった馬車の見張りの子供に小銭を渡すと、オダニは素早く御者席に乗り込む。
「じゃあ、執政官様の馬車にお乗りな。行き先は?」
「王都への道だ」
客室に二人を乗せ、馬車は走り出した。
「要らぬ心配でしたね」
レオナールは、対面のマミヤに微笑みかけた。
「ああ、だが思ったより邪魔が多くてな。だが、わしにも伝手ってものがある」
「さすがです。そうでなければ新しい肥料なんて、そうそう手に入りませんからね」
レオナールが笑うと、マミヤは口の端を上げた。
「ふっ。よく言うよ。お前の許可が無いと売れない、と言われたぞ」
「ただ、信頼できる相手に売れとお願いしただけです」
「ところで、どこまで行くんだ?」
御者席からオダニが声をかける。
「さあ」
「さあって……」
「いや、ここで止めてくれ」
前方から大きなキャラバン隊が近づいてきた。屈強な冒険者たちが警護している。
「おーい! ワシじゃ!」
老人とは思えぬ軽やかさで客室から飛び降りると、マミヤは道の中央で大きく手を振った。
キャラバンはオダニの馬車に並び、歩みを止める。
「マミヤ殿に、わざわざお出迎えいただけるとは!」
「ああ、待ちきれん若造が多くてな」
「無理もない。量が桁違いだ。ワシは、久しぶりにマミヤ殿と飲めるのが楽しみでな」
髭面の首領格の老人が豪快に笑った。
「誰なんだ?」
レオナールから、その名を聞いたオダニの目が見開かれる。
「あの男は――レイラ様を支えたことで知られる、大陸一の豪商ゴールドハルト」
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