腕輪の光と東部の獣
南から姿を現した軍勢も、同じ紋章を掲げていた。――オルフィン侯爵軍の一派である。
「……あれは東部方面軍か。あまり見かけぬ顔ぶれだな」
北部方面軍が規律で固められた鉄の軍なら、東部はその逆。武具はばらばら、隊列も乱れがち。だが、その足取りは軽快で、まるで獣の群れが野を駆けるかのようだった。
「東部は元冒険者の寄せ集めです。普段はカラドゥム山脈からあふれる魔物討伐に追われ、他の地に出張ってくることは滅多にありません」
オダニが低く告げる。だが彼らの到着は、レオナールの予想をはるかに上回る速さだった。個々の能力が桁違いである証左である。
森の狩人を思わせる装いの男が馬を降り、歩み寄る。東部方面軍を束ねる司令官、トウノだ。
「おお……やはりオダニ殿。キタノも久しいな」
「トウノ司令官。こちらが我が主、レオナール執政官です」
誇らしげに告げるオダニ。その一言に、兵たちはざわめいた。猛々しい武人オダニが、か弱く見える青年を“主”と仰ぐ理由など誰も想像できなかったのだ。
トウノは鋭い視線でレオナールを射抜く。否、それはただの目つきではない。《鑑定》のスキルが放たれていた。
だが――レオナールの手首に巻かれた腕輪が淡く光り、術をはね返す。
「……ほう」
目をわずかに見開くトウノ。その光は単なる魔具の輝きにとどまらず、周囲に異様な気配を呼び起こした。
「無礼を働くか!」
オダニが剣の柄に手をかけ、レオナールの前に躍り出る。
「いや……つい自然に出てしまった。悪意はない」
トウノの声は不自然なほど取り繕われていた。
レオナールが静かに手を差し伸べる。
「やめて下さい、オダニ。――トウノ司令官も、今後はご注意を。この腕輪を光らせると……本当に面倒なことになりますから」
穏やかな口調でありながら、どこか冷ややかな響きが混じる声で、レオナールは静かに告げる。
その言葉と同時に。
畑に潜んでいた白鷺が一斉に羽ばたき、空を舞う烏が漆黒の輪を描く。
道端を駆ける野犬が低く唸りながら近づく、目に見えぬ加護があることを示していた。
「……大変失礼しました」
トウノは即座に頭を下げ、態度を改めた。その声色には、さきほどまでの傲慢さは消えていた。
「壮観ですね。これほどの大軍を目にするのは初めてです」
話題を転じるレオナールに、トウノは頷き、自慢げに答えた。
「確かにな。今回の演習は規模が違う。何しろ、王国最大の兵力を誇る――マリスフィア侯爵軍が主導しているからな」
「……本当に、ただの演習なのですか?」
レオナールの言葉に、場の空気が凍りつく。
「……そうだ」「そう聞いている」
二人の司令官は声をそろえたが、その声音には迷いが混じっていた。軍事行動の気配を読み取れぬ司令官など存在しない。
「オダニ、あなたはどう見ますか?」
「……軍を動かす可能性はあります。魔物討伐ではなく、帝国への侵攻か……あるいは」
言葉を濁すオダニ。
「スサノオ様の命令なのか……しかし」
レオナールは低く唸った。帝国はすでに王国の属国。侵攻など本来不要のはずだ。
――では、侯爵の真意はどこにあるのか。
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