二つの軍旗
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翌日の早朝、出発の知らせを受けたレオナールは荷をまとめ、宿の前で待っていた。
やがて、軍用の馬車と二頭立ての荷馬車が連なってやってくる。御者台に座っていたのは、なんとオダニ本人だった。
「お待たせしました」
「えっ、オダニ男爵が自ら御者を?」
「ああ、得意だ。任せておけ。それにこの馬車は堅牢で安全だ」
オダニと従者は、レオナールの荷を受け取って荷馬車に積み込む。
「大切なものは馬車に持ち込んでください」
「もちろん、そうします」
サクナから授かったものは、すべてが宝だった。交わした手紙は数箱に積み重なっているが、彼はまるで宝箱を抱えるように一つ残らず持ち込む。彼女から贈られたアクセサリーに至っては、片時も身から離したことがない。
──それ以外に、彼にとって大切と呼べる物など存在しなかった。貴重な文献や資料なら、すでに頭の中に収めてある。盗まれようが痛くも痒くもない。
「それでは、出発しよう!」
オダニが鞭を入れると、馬車はゆるやかに動き出し、荷馬車も続いた。
「エンジは?」とレオナールが尋ねる。
「お嬢様は……まだ寝てるよ」
レオナールは眉をひそめた。出発の見送りに現れないなど、エンジらしくない。違和感を覚えながらも、あえて口には出さず、窓の外に視線を向けた。
侯都を離れ、坂を下っていると、数名の兵が登ってくるのが見えた。哨戒兵らしい。彼らはオダニを認めると鋭い口笛を吹く。
「何かあったんですか?」とレオナール。
「ご心配なく。挨拶を受けるだけです」
オダニは馬の歩を速め、馬車はそのまま坂を下った。
やがて、峠を抜けた広場に出ると、北部方面軍の一軍が整然と並んで待っていた。ざっと見ても千を超える兵。槍と甲冑が朝の光を反射し、林立する槍は銀の壁のように見えた。休憩を取るのと、オダニの馬車の進路を妨げぬための配慮らしい。
「オダニ殿! レオナール執政官殿をお待ちしておりました!」
痩せている北部方面軍司令官のキタノが大声を張り上げ、馬車へ歩み寄って深々と頭を下げる。
「おお、キタノ司令官か。久しぶりだな! 今日はどうした、全軍を率いて?」
「本日は全軍演習のために、やって来ました。一部貴族の軍も参加します」
「なるほど……」
オダニは顎に手をやり考え込むが、それより先に成すべきことがあると悟り、馬車の扉を自ら開け放った。その仕草に、キタノは驚きを隠せなかった。
「こちらがレオナール執政官殿です。そして、私の主人。警備についております」
オダニの言葉に、キタノの顔が一瞬で凍り付いた。
「な、何と……! 元全軍司令官のあなたが、直接?」
「ああ、そうだ」
慌ててレオナールが馬車を降り、首を振った。
「違います! 私は新任の執政官にすぎません。主人などではなく、ただ警護をお願いしているだけです」
オルフィン侯爵領の軍は広大で、東西南北に四分割されている。北部方面軍はキタノの指揮下であり、整列している部隊がそうだ。オダニは全軍司令官でキタノの元上司だ。
「ですが……サクナ様の婚約者であり、桁外れの胆力をお持ちの方だ」
オダニの心酔ぶりに、キタノはさらに目を見開いた。
そのとき、南の空が砂煙を巻き上げる。新たな一軍が迫ってくるのが見えた。兵の規模は北部軍に匹敵する。味方か、それとも──。
広場の空気が一瞬にして張り詰めた。
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