スサノオの剣
翌朝、伝聞鳥が扉を叩く音で、レオナールは目を覚ました。
サクナヒメからの手紙だ。毎日のやり取りは、甘い言葉よりも、彼がしたことや感じたことの報告がほとんど――日記のようで、業務日誌のようでもあった。
非難の言葉は一つもない。
「無理しないでね!」
「体に気をつけてね!」
たったそれだけの言葉に、彼女の優しさと気遣いが滲んでいた。
――だが、今日の手紙は違った。
レオナールは侯都シュベルトへ向かった。荷物を取りに行くという口実を立てていたが、本当の目的は別だ。
エンジとオダニに会い、話をすること。内務局に、エンジの姿は無く、職員は練習場だと言った。
練習場の扉を押すと、木剣がぶつかる鋭い音が響いた。金属のきしむ音、呼吸の荒さ、汗が落ちる音。
「やはりここにいたか!」
エンジは顔を上げ、レオナールに気づくと甘えるようにオダニに話しかけた。
「疲れたぁ。もう休もうよ。レオも来たし」
「何だ、お前から練習しようと言ってきたのに、もう休みか?」
「じゃあ、俺は帰るよ」
オダニは木剣を握り、去ろうとする。だが、その動作には苛立ちと焦りが混じり、握る手に微かな震えがある。
「いえ、オダニさんに話があります!」
「前にも言った。執政官でない俺には話すことはない」その言葉に汗が噴き出し、全身の緊張が増す。
「今日の剣は、あまり良い剣ではありませんでしたね。何か迷いがありますか?」
――その一言で、オダニの怒りが爆発した。
「何だとぉ! お前にわかるのか!」
木剣が振り下ろされる。だがレオナールは微動だにせず、瞳に揺らぎはない。
オダニの手が止まり、初めて自分の心が見透かされていることを悟る。
「やめて! オダニ!」
エンジに手を押さえられ、さらに怒りを露わにする。
「真実を突かれて怒るとは、修行が足りませんね!」
レオナールの追い打ちに、エンジは理解したようにうなずいた。
「ああ、そうだ。だから解任されたんだろうよ」
オダニは再び去ろうとするが、その背中には迷いがちらつく。
「話があると言っているでしょう。オダニ男爵、あなたには私の警備をしてもらいます」
「冗談だろう。爵位も持たないお前を守れと?」
「確かに不貞腐れた男に命を預けるつもりはありません。ですが――」
レオナールは懐からナイフを取り出す。刃はアダマンタイト、柄には宝玉の魔光が映え、王家の紋章が鋭く輝く。エンジも息を飲んで見つめる。
「スサノオ大王様の御作なのか?」
「はい。下賜されたものです。サクナヒメを守れなかったら、お前はこれで死ねと。オダニ男爵にも、大王様のご指示が下るでしょう。私を守れと。これを預けます」
「こんな大切なもの、預かれない」 オダニはおろおろした。
「私が死ねば、サクナを守れません。だから、あなたに託します。私は本音で語り合える者にこそ、警備をしてほしいのです。どうか……力を貸してください」
レオナールは深く頭を下げた。
オダニは、自分の運命を悟った。
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