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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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202/251

意中の人


「帰りました」

 夕暮れの赤に染まった農政省の屋敷へ、レオナールが戻ってきた。

「おかえりなさい!」


 受付席にいたカシスがぱっと立ち上がり、にこやかに駆け寄ってくる。

「さっきまで商人の連中が集団で押しかけてきたんです。……みんな研究畑に逃げてましたけど」

「逃げるなよ、まったく。――悪い、これ運ぶの手伝ってくれ!」


 イズモらも加わり、馬車に積まれた資料を二階の資料室へと運び込む。床がぎしりと鳴り、紙束が山のように積み上がっていった。農政省の職員は、研究畑の人間が多く、大声で騒がしい彼らが苦手なようだ。

 カシスは軽やかに棚を整え、みるみるうちに整然とした空間へと変えていく。


「ふう……すごい量ですね」

「本当は最初からここに置いておくべきものだったんだ」

 ようやく一息つくと、カシスは小さなティーポットを抱えて現れる。


「お茶をどうぞ」

 湯気とともに広がったハーブの香りが、疲れをほどいていった。

「ところで――商人たちは何の用だ?」

「文句です。マミヤ商会にレオナール執政官が依頼されたのが気に入らないらしくて」

「はっ、くだらないね。マルコー商会が品を揃えられなかったんだから仕方ないだろう。それに、マミヤ商会も仲間なのだろう」

「私もそう申し上げたのですが……」

 カシスは苦笑しつつ、席を立つ。


「そろそろ失礼しますね」

「待て、カシスさん。……タリアン殿に会ったんだがな。近々、婚約者候補として訪ねたいと頼まれてしまった」

「え! 執政官にですか? ……す、すいません。あのバカ野郎!」

 カシスの顔がみるみる赤くなる。


「勝手に引き受けてすまない。断ろうか?」

 レオナールが真剣に言う。

「いえ……執政官のお手を煩わせるわけにはいきません。最低限の準備で結構ですから」

「そうですか? 嫌なら何とかしますよ!」


「いえ、そうもいかないでしょう。それでは……」

 カシスは深く頭を下げ、足早に去っていった。

 呆気にとられるレオナールに、イズモが肩を揺すって笑う。


「気にする必要はありませんよ。カシスとタリアンは幼馴染なんですよ」

「そうなのか」


 イズモの調べでは、アオイ伯爵は、タリアンに何人かの婚約者候補を紹介したらしい。だが、タリアンが会うこともせずに、断ったらしい。カシスのせいだという噂が広がることを、彼女は恐れていた。だが……。


 意中の人。


「ほら、見てください」

 窓の外。

 すっかり暗くなったツーソンの町中の道を、馬にまたがるカシスが帰っていく。街灯に照らされた横顔には、確かに微笑みが浮かんでいた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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