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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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201/251

アオイ伯爵軍


「ああ、やっと戻ったか」

 イズモが待ちかねたように、ミナグロス城前に停めた馬車の扉を勢いよく開いた。

「すまない。少し散歩していた」


 レオナールは軽く謝り、抱えていた分厚い資料を脇に収めて馬車へ乗り込む。

「お前が持ち出すから骨が折れたぞ。後から使者に運ばせれば良かったものを」


「それでは危うい。途中で紛失したり、あるいは誰かの手で改竄される可能性がある」

「……なるほど」

 イズモは舌を巻いた。それは臆病さではなく、用心深さと責任感が結晶した態度だった。


 ツーソンへ戻る街道に出たとき、アオイ伯爵家の紋章を掲げた軍勢と鉢合わせた。

 地方軍にしては装備が整いすぎている。長槍の列は寸分の乱れもなく、鎧は陽光を鋭く照り返す。


 ――これほどの軍備を維持できるのは領地の豊かさの証であり、同時に伯爵家の政治力を誇示する光景でもあった。

 執政官を乗せた馬車は、あえて道を譲らず進んだ。


 だが次の瞬間、軍勢が生き物のようにうねり、前後左右から包囲してくる。進路は完全に封鎖され、御者の手が震え、手綱が軋んだ。車輪が砂利を噛み、鈍い音を立てて止まる。


 中央の馬車から、一人の青年が降り立った。

 彼は乱暴に扉を叩き、壊しかねない勢いでノブをねじ回す。慌ててイズモとレオナールは外に出るしかなかった。

「厄介な相手に捕まった……アオイ伯爵の子息、タリアンだ」

 イズモが低く吐き捨てる。


 青年はわざとらしい薄笑みを浮かべ、芝居がかった口調で名乗った。

「やはりイズモ殿。そしてこちらが――新任の執政官殿、であられるか?」

 その視線は鋭く、レオナールを頭の先から足の先まで値踏みする。


「タリアン。執政官の馬車を封鎖するのは、明白な法令違反だ」

 イズモの声は鋼のように張りつめていた。

「おや、それは行き過ぎた解釈でしょう」

 タリアンの笑みは形ばかりの礼儀をまとうが、その実、挑発の色を隠そうともしない。


「新任の執政官に正式な挨拶をすることを、法は禁じていない。むしろ、黙って素通りする方が無礼ではありませんかな?」

「……新任のレオナールです。よろしくお願いいたします」


 レオナールは一歩前に出て、静かに頭を下げた。礼を尽くすことで火種を増やさぬためだ。

「ほう。イズモ殿とは違い、礼をわきまえておられる」

 タリアンは口角を吊り上げた。


「軍事訓練の最中ですか。実に熱心なことだ」

 レオナールが問うと、タリアンは肩を竦める。

「ああ。いついかなる時でも軍事行動に移れるよう備える――それが我らの務めですからな」


 彼が副官へ視線を送る。瞬時に鋭い号令が飛び、取り囲んでいた兵が一糸乱れずに地を踏み鳴らし整列した。統率は完璧だった。その威容に、レオナールは無意識に息を呑む。


「……見事なものです」

 その言葉に、タリアンは愉快そうに笑みを深めた。

「当然だ。――そうそう、近いうちにツーソンを訪れる予定でして」一拍置き、わざと声を張る。

「婚約者候補のカリスに、正式にお会いするためだ。お手数だが、歓迎の準備をお願いしたい」


「……業務外ですが、承知しました」

 レオナールは顔色を変えずに答えた。

 タリアンは満足げに笑みを残し、軍勢を率いてミナグロス城の方角へ去っていった。


 残された街道に、蹄の轟音と砂煙だけが長く漂う。

 二人は言葉を失った。

「いけすかない奴だ……。軍を楯に、俺たちを見下す気満々じゃないか」

 イズモは吐き捨てる。


「ですが……あの副官。兵の扱いは完璧でした。あれは只者ではありません」

 レオナールの声は低く、冷たかった。


 ――お前たちなど、いつでも捕らえられるぞ。

 今の一幕は、そう告げられたも同然だった。

 それは威圧ではなく、冷徹な現実だった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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