嵐を呼ぶ執政官
「これが……農政局の予算と執行状況です」
会議室の机に、書類の束が音を立てて積み上がった。
最初は口頭だけで丸め込もうとしたグランだったが、レオナールの追及はしつこい。
「それで? この費用の根拠は?」
「具体的に、何に使ったんです?」
「……」
矢継ぎ早の質問に、とうとうグランはねをあげた。
「執政官の質問に答えるのが、財務課長の務めだろう、グラン?」
横からイズモが、涼しい顔で援護射撃を加える。
「ちっ……分かりましたよ」
グランは舌打ちしそうな顔で、渋々説明を始めた。
だがレオナールの質問は、さらに財務局そのもののやり方にまで踏み込んでいく。
「レ、レオナール様。それは財務局の問題です!」
露骨に嫌そうな表情。
「そうですね。でも――オルフィン侯爵領に関わる案件は、すべて執政官の管轄です。担当がどこであれ」
レオナールは一歩も引かない。
やがて資料の中から、「隠された農政局予算」が露見した。
「こ、これは予備費です! 決して誤魔化そうとしたわけでは……」
グランの顔が蒼白になる。
「ええ。だからこそ――今が使いどきなんですよ」
さらりと返され、グランは言葉を失った。
「それより問題はこっちです」
レオナールが指先で叩いた項目。それは農政局予算の大半を占める《業務委託料》だった。
申請事務、施設建設、道路改修、作物買取、運搬、徴税代行――
領内の農政業務はほとんど商会に丸投げされていた。
「はあ? 何か不都合でも? 広大な領地をカバーするには効率的なやり方ですし、昔からの慣習ですよ」
グランは苛立ちを隠さず答える。
「……これでは商会が貴族みたいですね」
レオナールの声は冷ややかだ。
「少なくとも公共事業と徴税は、農政局と財務局で直接やりましょう。その分の予算は我々が預かります」
「ば、馬鹿な! そんなことをしたら商会に雇われていた連中が――」
「クビになる? ははは」
レオナールは愉快そうに笑った。
「代わりに農政局が公募しますよ。今いるのは研究者ばかりですし、ちょうどいいでしょう」
侯爵領の仕組みを根本から変える提案。執政官会議に持ち込むべき大事だ。
「……商会の反発は避けられませんね」
「ええ。必ず起きるでしょう。ですが、これで農民たちは理不尽な支配から解放される」
グランは思わず黙り込んだ。事態の先を想像しようとして、背筋が冷たくなる。
「本当に……上手く行くんですか?」
「混乱は起きますよ。間違いなく」
レオナールは不敵に微笑む。
「今まで押さえつけられていた農民たちが、我々の門を叩くでしょう」
その笑みは、まるで嵐を歓迎するかのようだった。
グランは思った。この男……本当に正気か?
「もちろん、内務局や財務局にも協力していただきますからね」
その一言は、「お前たちも巻き込まれるのだ」と告げていた。
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