都市ミナグロス
レオナールは農政局を出ると、隣の内政局で仕事をしているイズモを訪ねた。
「どうされましたか?」
「必要な経費の申請に行きたいんです」
「ああ、財務局ですね。よかったら一緒に行きましょう。ちょうど、僕もミナグロスに行く用事がありますから」
ミナグロスはオルフィン侯爵領最大の都市で、アオイ伯爵の本拠地。財務局もそこにある。
「なんで、財務局のような重要な部門が侯都シュバルトにないんですか?」
「不思議だよね。でもその理由は、この国の歴史に関わってるんだ」
イズモは遠くを見つめながら語り始めた。
王国は五つの侯国が手を取り合い、帝国や共和国と対抗してきた。その東方を守るのがオルフィン侯国。もとは「ミナグロス」という地に侯都を構えていたが、帝国の侵攻に備え、高台に新しい侯都を築いた――それがシュバルトだ。
風が吹き抜け、帝国と王国を見下ろすこの要塞都市は、今も東方防衛の砦として人々を守っている。
「まあ、今では帝国も我が王国の属国みたいなもんだし、侯都はそこにある必要ないけどね」
「でも、アオイ伯爵が治めているんですよね?」
「そうさ。オルフィン侯爵家の一族だ。今の伯爵は侯爵の伯父で、本来ならオルフィン侯爵になるはずだったんだけど、先代侯爵は王国一の勇猛な武将で、兄であるアオイ伯爵に地位を譲り、自分は分家に養子に出たんだ」
「オルフィン侯爵家は、王国の盾だからな」
イズモは誇らしげに言った。
「実力主義と血統主義。このバランスこそが王国の繁栄――いや、レイラ様のおかげだ」
イズモは遠くを見つめ、言葉を止めた。
馬車は広大な田畑を縫うように南へ進む。ところどころに集落があり、農民たちが忙しそうに働いている。
途中、馬を休ませるために立ち寄った大きな休憩所には、筍やアスパラガス、苺など春の食材が並び、旅人や冒険者たちが買い求めていた。
イズモは単調な景色にうとうとと眠り、レオナールはみずみずしい苺を頬張りながら、気づいたことをノートに書き留める。
日が沈むころ、遠くに高い城壁に囲まれた都市が姿を現した。
「寝過ぎちゃったな。まあ、ツーソンと違って夜は少しだけ楽しいぞ」
「はあ……何がです?」
「俺を待ってる女がいるんだ。お前も連れてってやろうか?」
真面目そうな顔のイズモの言葉に、レオナールは目を見開いた。
娼館のことだろうか。サクナヒメに知られたら、大変なことになる――慌てて首を振るしかなかった。
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