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嘘つきレイラ 時をかける魔女と幼馴染の物語  作者: 織部
サクナヒメ・ノクスフォードのリベリオン

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ツーソン便り


「明日は、商会を回りましょう」

 沈みかけた陽が遠くの山を赤く染める中、農政職員一人ひとりと握手を交わし、その場は散会となった。


 農政局に戻ると、扉の前で腕を組む影があった。

「どちらへ行かれていたのです?」

 声の主はイズモだ。残照が彼の眼鏡に反射し、一瞬、目の奥を読めなくする。


「試験農場を見に行ってました」

「そうでしたか。それでは食事に行きましょう。宿舎はありますが……ホテルを取りますか?」

「宿舎で結構です。荷物もシュベルトのホテルから運んできます」


 外に出ると、夜のツーソンは昼間とは別の顔を見せていた。昼の喧噪が嘘のように、大通りでさえ人影はまばら。


「ここは夜が早いんですよ」

 魔道具の街灯が、間隔をあけてぽつり、ぽつりと灯っているだけだ。灯りの下だけが丸く浮かび上がり、あとは闇に溶ける。


「ここです」

 木の扉を押すと、温かい空気と笑い声が押し寄せた。地元料理を出す居酒屋らしく、空いている店が少なくここに人が集中しているらしい。


「いらっしゃい!」

 威勢のいい声に迎えられ、イズモはメニューも見ずに、片手で店員を呼び止める。


「この店の定番を一通り。それと酒を」

 やがて並んだ皿からは、香辛料と肉の焼ける香りが立ち上る料理を味わいながら、レオナールは自然と盃に手を伸ばした。


 しばらくして、イズモが盃を傾け、ふっと目を伏せる。

「まず、レオナール殿にお詫びしなければなりません」

 彼は農政局を担当していたにもかかわらず、これまで何も手を打たなかったことを詫びた。吐息混じりの声は、固さの中に、どこかほっとした温度を含んでいた。


 やがて話は内政局のことに移る。人口統計、教育、文化事業──机上だけでなく現場をも回る膨大な仕事量を、彼は熱を帯びた口調で語った。


「……それは、一人じゃ無理ですよね」

 レオナールは苦笑しながらも、机を指先で軽く叩き、話題を変える。


「それより、教えてください。この地の事情を。正直、不勉強なまま来てしまったんです」

 イズモは盃をゆらし、酒面に浮かぶ灯りをじっと見つめた後、低い声で話し出した。


「いえ、外部から情報は取れませんよ……。五人の執政官のうち、軍務を担当していたオダニが解任され、代わりにあなたが着任した。そしてあなたの担当は、私が兼任していた農政。軍務は……おそらくオルフィン侯が握っているでしょう」


 盃を置く音が、ざわめきの中でもはっきり響いた。

「つまり、権力闘争ってわけだ」

「そんなことがあるんですか?」


「領主が直接、業務に口を出すことは規則違反。だが今回は例外だ」

 彼は少し身を乗り出し、声を潜める。


「オダニは面白くないだろうし、侯爵領の執政官昇進を狙っていたカルマも不満だ。……救いだったのは、あなたが外部から来た人間だったことだ」


「スサノオ様は、何を狙っているんでしょうね」

「さあ。普段のご指示も、哲学書の一節みたいですからね」

 イズモは肩をすくめ、首を横に振った。

「じゃあ、そこは僕が聞きます」


「なに……?」

 イズモの手が、思わず箸を止める。

「あの方に直接聞くなんて、宰相でも尻込みするんですよ」

「直接じゃありません。いつもやってる手です」


「……まさか、スサノオ様と話せる官僚にコネが……」

「まあ、そんなところ」

 レオナールは軽く笑って煙に巻いた。イズモはしつこく詰め寄ったが、それ以上は答えなかった。

 その夜、宿舎に戻ったレオナールは、机に向かった。


 土の香りがまだ衣服に残っている。窓の外では、遠くの犬が一度だけ吠えた。


 伝聞鳥を前に、宛先を書き記す。──フィアンセのサクナヒメ。


 どんな暴言を吐こうと、決して兄のスサノオが怒らない唯一の存在。

 ペン先が紙を走る音だけが、夜のツーソンに、静かに響いていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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