土を食う執政官
「また、この人たち、土いじりしてる」
カシスはレオナールに見られたのが恥ずかしくて、少し馬鹿にしたように呟いた。
「ふうん。なるほどね」
彼女の言葉は耳に入らず、レオナールは職員たちの動きを真剣に見つめている。
「あら、カシスちゃん、こんなところに来るなんて珍しいわね。そちらの方は?」
職員の一人が声をかけると、みんなの視線が一斉に注がれた。
「えっと……新しい執政官の方よ」
カシスが答えたが、レオナールは農地に入り、自分が名乗っていないことに初めて気がついた。
だが職員たちの反応は冷たく、いや、敵意すら感じられた。
「レオ……」
名乗ろうとしたその瞬間、声が遮られた。
「執政官様、農政の運営は商会たちがうまくやっているよ」
「ああ、金は使わないから安心してくれ。財務にもそう言ってある」
彼らはそう言い捨てると、再び土を掘り起こし、輪になって議論を始めた。
「農政局は今までイズモ様のご担当だったんだ。でも商会に取り上げられて、こんなことに……」
カシスがレオナールに説明するが、彼は職員たちの会話に夢中で聞いていない様子だった。
「だから、この土地の土は肥沃なんだ。あまり手を加えない方が……」
「違う。それでは場所によって収穫量に差が出てしまう」
レオナールは足元の土を拾い上げ、指で触れ、口元に含んだ。
「執政官、何を?」
カシスが思わず大声をあげると、職員たちが一斉に振り返った。
「これは素晴らしい黒土ですね。王都の新しい肥料を混ぜている。これでは過剰すぎます」
レオナールは冷静に指摘した。
「わかるのか?」職員たちは驚きを隠せなかった。
「もちろんです。それより、自然の堆肥がきちんと撒かれているか、全ての農家を調べましょう。それに害虫の被害も考慮し、この土に合う農薬の研究も進めるべきです」
突然現れた執政官の博学ぶりに、職員たちはざわめき始めた。
「カシス、執政官様は何者だ?」
「……」カシスは首を振り、答えられなかった。
「紹介が遅れました。私はレオナール・ノクスフォードと申します。どうぞよろしく」
彼がそう名乗ると、職員たちは一斉に農地に膝をつき、頭を下げた。
「失礼いたしました。サクナヒメ様のフィアンセの方とは……」
「あの高名なノクスフォード男爵にお会いできるとは」
「論文も拝読しましたし、『趣味の園芸』も毎週欠かさず読んでおります。ファンです」
レオナールは勉強は得意ではなかったが、農業に関しては若手研究者として名を馳せていた。
「まったく、現金な人たちね」
カシスは苦笑しつつも、サクナ様のことをあれこれ聞き出そうと、内心で野心を燃やしていた。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。新作 リリカ・ノクスフォードのリベリオンも是非一話だけでもお読みください。




