新任執政官の初日
「ここです!」
数時間の馬車旅の末、やっと辿り着いた。オルフィン侯爵領で二番目に大きな町――ツーソン。
町の入口で馬車を預け、イズモとレオナールは歩き出す。通りには、周りの村々からやってきた農民たちが、肥料や苗、農具、食料品を売り買いしていた。
春の草花の匂い、呼び込みの声、笑い声。賑やかでありながら、どこかのんびりしている。レオナールは悪くない印象を受けた。
「面白味のない町ですよ。文化施設なんてほぼ皆無です」
イズモが、呟く。
「いえ、そうは思わないです」
やがて視界に現れたのは、双子のような木造の建物。
「突き当たりが農政局、その隣が内務局です。私は内務局が担当ですね」
説明しながら、イズモは笑った。
「じゃ、まず内務局の事務方を紹介――の前に、農政局に寄っていきましょう」
内務局の扉を開いた瞬間、熱気が顔にぶつかった。職員たちが書類を抱え、戦場のように動き回っている。
「ごめん、新しい執政官を紹介する。レオナール殿だ」
「えっ? そんな……私たち捨てるんですか!?」
全員の動きがピタリと止まる。視線が集中し、妙な沈黙が落ちる。
「ちょっと待て。俺は残る。お前らから逃げる気はない」
「えぇ……逃げてもいいんですよ……?」誰かがぼそっと言った。
「むしろ逃げられたら困る!」
笑いが起き、空気が和らぐ。すぐさま数人が「で、この書類は!?」「判子お願いします!」とイズモに殺到した。
「待て待て、先にレオナール殿を農政局へ――」
「そんな働かない局なんて行かず、こっちで一緒にやりましょうよ! レオナール殿も!」
「馬鹿なことを言う暇があったら、仕事をこなせ!」
笑いの余韻を残しつつ、隣の農政局へ。
扉を開けると、そこは別世界だった。
受付に若い女性が一人。机は整然、空気は静寂。窓から差し込む光に、彼女のあくびが映える。
「他の職員は?」
「町外れの畑に」
「仕事中か?」
「さあ……」
やる気ゲージゼロの返答に、イズモがレオナールへ振り向く。
「……また後できましょうか?」
「いえ、残ります」
「では夜食でもご一緒に」
そう言って、イズモは内務局へ去っていった。残されたのは受付の女性とレオナール。
彼女はカシス。男爵家の令嬢だそうだ。
簡単に農政局の仕事内容を聞き、職員が向かった農地の場所を教えてもらう。
「それじゃあ、行ってきます」
「ご一緒します。馬で行きましょう」
彼女は扉に“クローズ”の札をかけ、裏の馬小屋から馬を二頭引き出す。
「大丈夫ですか?」
「ええ。受付は商店でもできますし。馬も乗れますよ」
言うや否や、鞍にひらりと飛び乗り――
「じゃ、先に行ってます!」
鞭が入る。あっという間に加速。
「待ってください!」
レオナールの声は置き去り。街中を全力疾走するカシスを追うが、速度を上げれば衝突必至。
そんな葛藤をしているうちに、町外れの農場が見えてきた。
そこでは職員たちが畑にしゃがみ込み、何やら真剣な顔で土をいじっていた。
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