レオナール・ノクスフォード
特別編です。お盆集中連載いたします。
レイラが旅立って、数年後の春――。
隣国の大国、帝国では、アレクセイ皇帝が体調を崩し、退位するとの噂が流れていた。
その最中、王国の東方を守るオルフェン侯爵領に、サクナヒメの婚約者であるレオナール・ノクスフォードが、執政官の一人として赴任した。
*
「なんであいつが、サクナヒメの婚約者なんだよ! あんな凡人が……」
「聞いたか? スサノオ様の前で気絶して、お漏らししたらしいぞ!」
王立学園時代、レオナールへの風当たりは強かった。
彼は身分も低く、武にも智にも秀でてはいなかった。
サクナヒメの方が、いや――間違いなく強く、頭も良かった。それは、レイラによる英才教育と、スサノオとの冒険の賜物だった。
貴族の一部は露骨な嫌がらせを仕掛けたが、彼は気にする様子もなかった。
ある日、泥を塗られた彼の服を見て、サクナヒメは言った。
「変なことする奴がいたら、私に言って!」
「サクナ、君が汚れてしまう……!」
「大丈夫よ。園芸用の服だもの」
「そっか。それじゃ、まず花壇を整えよう。終わったら、実験畑を見に行く」
その姿を遠目に見ていた貴族の生徒たちは、まるで農民だと嘲った。
だが、レオナールはまっすぐ歩いていった。黙って、まっすぐに。
*
時が流れ、オルフェン侯爵は代替わりしていた。
新たな侯爵はレオナールと王立学園で同期だった男であり、数少ない理解者の一人だった。
「ぜひ、遊びに来てほしい。俺の領地は広いぞ。王都どころか、王国でも屈指の穀倉地帯だ。秋になれば、侯都の丘から一面の黄金が見える」
「ああ、ぜひ伺わせてもらうよ」
農業政策を専攻していたレオナールは、役所に入ってすぐ、小さな侯爵領の農政官として地道に実績を積んだ。そしてついに、オルフェン侯爵領に赴任する日が来た。
「やっと来れたよ!」
「よく来たな。この侯領にとって、農業は命だ。よろしく頼むぞ。ここでゆっくり、骨を休めてくれ」
「ありがとう。だけど……俺は執政官として来た。農政も含めて、領内すべてに目を通すつもりだ」
その言葉を聞いたオルフェン侯爵の表情が、わずかに翳った。
「そんな必要はないさ。執政官は君だけじゃない。信頼できる者たちが、それぞれの分野を担っている。役割分担があるんだよ」
「でも……大王様に、すべてを見てこいと言われたんだ」
争うつもりはなかった。だが、赴任前にスサノオに直接命じられた言葉は、軽んじられるものではない。
――あの方の命に背く。それが、何よりも怖い。
「そんなの……いや、なら、先輩の執政官に学べばいいだろう。しばらくは見て覚えるんだ」
「……わかった。ありがとう」
レオナールは素直に頭を下げた。
だが、その瞬間。オルフェン侯爵の顔に、わずかに歪んだ、邪悪な笑みが浮かんでいた。
新作 リリカ・ノクスフォードのリベリオン。も是非ご一読下さい。




