サクナ•ノクスフォード
王都、王城の私の部屋。
気候を気にして、リドリーが住まいをここに移したのだ。彼は、どんなに用事で出掛けても、夜には必ず帰ってきてくれた。
すっかり衰えてしまった私は、部屋の窓から見える庭園を眺めるのが、今では数少ない楽しみの一つとなっていた。
それに気がついたのだろうか、サクナが指示して、庭師や手伝いの少年たちによって、いつも美しい花を咲かせてくれている。大変な労力だろう。
私には、先立つ前に一つだけ、不安があった。……いや、過保護なのかもしれない。
それは、兄・スサノオにべったりな、娘・サクナのことだ。
「彼女に、良い相手がいないかしら?」
そう言った私に、リドリーは困ったような顔で答えた。
「それは運命だからな。まさか、王族としてふさわしい相手じゃなきゃダメだなんて考えてないんだろ?」
「……そんなことは、ないけれど」
サクナは、本当に普通の子だ。神の恩寵もなければ、魔力も人族の平均に過ぎない。だから私、彼女を守れる強い男、英雄のような存在を探した。
けれど、同年代の魔女が産んだ子は、なぜかすべて女の子だった。
「どうして?」
「ははは……みんな、スサノオに嫁がせようとしていたんだよ」
冗談なのか、本当なのか、氷雪の魔女がそんな話を私にしたことがあった。彼女の口元には笑みがあったが、どこか呆れたようにも見えた。
「王立学園で見つけてくれるといいんだけど」
それは、私が設立した、大陸一の教育機関。
貴族も市民も関係なく、大陸中から優秀な若者たちが集まってくる。きっと良い出会いがあるはずだと、私は信じていた。
「母様に会わせたい人がいるの」
「まあ……どんな人かしら?」
「……一応、貴族だけど……男爵家の七男なんだ」
彼女が見初めた人物。私は、期待に胸を高鳴らせた。
「剣術部かしら? 魔術部かしら?」
しかし、サクナはうつむいて小さく答えた。
「ううん。園芸部」
私は驚いた。
彼女の理想であるリドリーやスサノオに匹敵するような人物――そこまではいかなくとも、彼女なりに認められるだけの男を選ぶと思っていたからだ。
「はぁ?」思わず、声が漏れた。
泣きそうな顔になったサクナを見て、リドリーが苦笑しながら私をたしなめた。
「会わせたいんだろ? 連れておいで」
──その日、彼がサクナに連れられて、私の面会に部屋を訪れた。スサノオもリドリーも立ち会った。
「レオナール・ノクスフォードです」
ガタガタと震えながらも、彼は名乗った。
彼らを前にすると、恐れから声すら出なくなる者も少なくない。だが彼は、耐えていた。
いきなり、スサノオが試練を課した。
「もし、膝をついたら――お前に、サクナをもらう資格はない。いくぞ!」
既に、優秀と目された少年たちには同じ試験を課してきた。だが、誰一人として、スサノオの偉大なる威光に耐えることはできなかった。
スサノオが剣を抜いた。
恐るべき威圧と魔力が、四方八方から襲いかかる。怒涛の如き圧力が空間を揺らす。
だが彼は、唇を噛み締めて必死に耐えた。そして、魔力の盾を顕現され、嵐のような魔力は、やがて静かに止んだ。
「ほぉ、お前やるな!」
スサノオが声をかけたが、返事がない。
彼は、立ったまま気を失っていた。失禁して。
「お、お漏らししてるぞ!」
スサノオが冗談めかして言うと、サクナは見たこともないような顔で兄を睨みつけた。
「お兄様なんて……嫌い」
ショックを受けたスサノオを放置して、私はリドリーに、彼を着替えに連れていってもらった。
「サクナ、彼は合格よ。……いえ、合格なんて失礼ね。彼に、大切にしてもらいなさい」
「はい!」
その夜、リドリーとスサノオと私は話し合った。
リドリーでさえ耐えるのが難しいスサノオの威光に、彼は耐え、さらには奇跡の盾を顕現させた。
「そんな魔力も武力もない男なんだがな……」
強者である彼らですら、理由がわからず不思議そうな顔をしていた。翌日、サクナは嬉しそうに、彼のことを色々と私に語ってくれた。
「庭園のお花は、彼が提案してくれたのよ。母様を喜ばせようって。季節の花を一緒に探して」
「そうなの……ありがとう、と伝えて」
※
私は、窓から庭を見る。
そこには、サクナと――レオナールが、一緒に庭仕事をしていた。とても楽しそうに。サクナが、指示していたのではなかった。彼と一緒に、この庭を作ってくれていたのだ。
……そうね。強さとは、力ではなく、優しさと思いに宿るものなのかもしれない。
※
それは、王国の盾と呼ばれ、やがて王国を支える宰相家――ノクスフォード家の、始まりの物語。
リリカ•ノクスフォードのリベリオンを新連載開始します。そちらも、応援よろしくお願い申し上げます。




