黒き髪、白き日
サクナは、スサノオが迎えに来ると、晴れやかな顔で出かけていった。
「先に行ってます。でも、母さんは体調に気をつけて、ゆっくり来てね」
兄妹の小旅行を、ふたりは心から楽しみにしているようだった。
——そして、約束の日がやってきた。
俺はレイラを抱き上げ、ティアとともに、聖教会の総本山へ向かう。
セーヴァスに再建されたこの場所は、今では数十の教会の中枢となり、白亜の石壁が穏やかな陽光を照り返していた。
「……久しぶりね。懐かしいわ。ずいぶん綺麗になったのね」
「……ああ。あの時は、本当に……いろいろあったな」
式は質素ながらも、静謐で清らかな空気に包まれていた。
ルクス聖女のもと、鐘が鳴り響くと、招かれた人々が一斉に顔を上げる。
貴族も魔女たちも——俺の知る限りの縁が、そこに集っていた。
結婚するのは——まさかの、ナッシュとナナだった。
「おい……兄妹じゃなかったか?」
「血は繋がってませんよ。孤児院の兄妹です」
「ああ……そうか。おめでとう……!」
どうやら、その事実を知らなかったのは俺だけだったらしい。
あの幼かったふたりも、もう立派な青年と女性に育っていた。
最初は式を挙げるつもりはなかったという。
けれど、ナナのお腹に子が宿り——皆の後押しもあって、この日が叶ったのだ。
俺は、込み上げる涙をこらえながら、ふたりの姿を見守っていた。
レイラは、サクナが付き添って控室から式を眺めているはずだ。
静かな光の中で、彼女は今、どんな気持ちでこの日を見ているのだろうか——
そのとき、スサノオが俺のもとへやって来た。
「……どうした? 何かあったのか?」
「父さん。……着替えの時間です」
案内された部屋には、真新しい白の礼服が整えられていた。
「母さんの支度は、レジーナさんとセオリツ、それからサクナが見てくれてます」
「……今さら、だな」
「ええ。今さらですが」
俺は、深く息を吸い込む。
“今さら”——この言葉の重さを、俺たちは誰よりも知っている。
「じゃあ……俺が、連れて行く」
俺は、純白のドレスを纏ったレイラを、両腕にそっと抱き上げた。
控室の扉が開く。
参列者の視線が一斉にこちらへ注がれ、ざわめきがすっと消えていく。
人々が静かに道を開き、俺はその間を、ゆっくりと歩き出した。
教会のステンドグラスが、虹色の光を彼女の黒髪に落とす。
まるで、時間がその瞬間だけ凍りついたようだった。
「……降ろして。少しくらい、歩けるわよ」
レイラが小さな声で言う。
けれど俺は、何も言わず、その体をさらに強く抱きしめた。
「もう……こんなに歳をとって……今さら……」
レイラは、頬を染めて、そっと視線を伏せる。
俺は、微笑んで彼女に囁いた。
「何を言ってるんだ。お前は今でも——世界一、美しいよ」
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