セオリツヒメの恋
セオリツヒメがいなくなったとリドリーの家に連絡が入ったのは、スサノオが大森林の魔女のもとで修行を始めて十年近く経った冬のことだった。
モルガンから事情を詳しく聞くと、セオリツはかなり気性の激しい性格らしい。
「不思議ね。私の名づけでは、スサノオが激しくなるはずだったのに、そうでもないのよね」
「ちょっと家のことを話したら、それが気に入らなかったらしく、家出をしてしまいました。家臣総出で探しているのですが、見つからなくて」
すっかり領主の風格を身につけたモルガンは、困惑した表情を見せる。
「あなたがつまらないことを言うからですよ」レジーナに責められ、彼は苦笑した。
それに、セオリツはこの秋、王国の社交界でデビューし、その美貌で話題をさらったらしい。
「モルガンとレジーナの娘ですもの、当然よね」レイラは誇らしげに微笑む。
俺は、家庭の事情に踏み込むのをためらった。貴族たちにもいろいろあるのだろう。
「急いで、居場所を探そう」
しかし、適当に探しても見つからないし、近くにはいないだろう。
そこで俺たちは氷雪の魔女のところへ行き、魔道具などで探せないか相談した。
俺たちの真剣な話を彼女はあっけらかんと笑い飛ばした。
「鼻のいい狼でもいればなぁ」
「なんか方法はないのか?」
「相談相手を間違えたね。スサノオに聞けば解決するだろうよ」
そう言って、魔女は再び底からの大笑いを響かせた。
俺たちはティアに乗り、大森林の森の塔へ急いだ。
地下研究室から、スサノオは足音ひとつ乱さずに姿を現した。
白衣を纏い、息にはかすかな魔力の揺らぎが漂っている。
「ところで、その家のこととは何ですか?」
すっかり立派な青年となったスサノオが、モルガンに尋ねる。
その一言には、将来の大王の威厳が宿っていた。
「それは……」
「本人から事情は聞きます。それでは、夜までにモルガン家に連れて行きます。魔女様、行って参ります」
白衣を翻し、腕のリングに視線を落とす。
スサノオは静かに微笑み、躊躇いなくクシナダヒメに跨ると、颯爽と駆けていった。
俺たちは呆然と見送った。自由な少年だった彼が、いまや王の風格をまとっている。
その変貌に誰もが言葉を失った。
魔女はまた大笑いした。
「男子、三日会わざれば刮目して見よ」
レイラは誇らしげに呟く。
「兄さん、かっこいいな」
妹のサクナは憧れの眼差しを向けていた。
※
俺たちはスサノオの帰りを待つ間、「家の事情」についてモルガンから詳しく聞き出した。
「あちこちからセオリツに結婚の申し出がありまして。家の一人娘ですから、どの家に嫁がせるかは俺が決めるつもりで……」
「あーあ」
レイラは呆れ顔で質問した。
「選択肢に、スサノオは入っていたの?」
「とんでもありません。王家の血筋など考えられませんよ」
モルガンとレジーナはきっぱり否定した。
「ほんと馬鹿な子たちね。もうすぐ我が息子が全てを解決するわ」
※
その夜。風が止み、屋敷の扉が静かに開いた。
スサノオは、背にセオリツを乗せてモルガン家へ帰ってきた。
彼女は背中で目を閉じていた。いや、眠っているふりをしていたのかもしれない。
背に体を預け、彼の鼓動を確かめていたい。そんな甘えが空気に満ちている。
「連れて帰りました。居場所は指輪を渡しているのでわかるはずです」
「ありがとうございました、スサノオ様。どうお礼を申し上げれば……」
モルガン夫妻は深々と頭を下げた。
スサノオはまっすぐに彼らを見据えた。
静かな瞳には、揺るがぬ決意が宿っている。
「ああ、それではお礼に、セオリツヒメを嫁にもらいます」
その言葉が響くと、セオリツは背中で嬉し涙をこぼした。
──その涙は答えだった。言葉よりも真っ直ぐに届いた、ひとつの誓い。
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