スサノオの木
魔女の塔で一泊した次の日――。
リドリーとスサノオの親子は、大森林へと植樹に出かけることになった。山火事に見舞われた森の一部を、再び命の地へと還すために。
「記念になるし、きっと将来、誰かの役に立つからね!」
「母さんは来ないの?」
「ええ、少し……森の魔女様とお話があるの」
スサノオは残念そうに唇を尖らせたが、リドリーに「行くぞ」と声をかけられると、しぶしぶ頷いた。
「サクナを、守ってね」
私の言葉に、スサノオは小さく胸を張り、「もちろんです」と応えた。
サクナを背負い、クシナダヒメの背に乗る。リドリーもまた、ティアに跨がり、空へと舞い上がった。
*
「それで……魔女様。お話とは?」
「……本来は、わしが口を出すことではないのだがな。お前の寿命のことじゃ」
「ああ……やはり、そのことですね」
私は、なんとなく――いや、確かに気づいていた。
この世界に生きる者たちの寿命は、魔力の量と深く結びついている。
魔力を多く持つ者は悠久を生き、少ない者は、そうではない。
「お前は、この世界の“外”の存在じゃ。だから、どうなるのか……わしにもわからん」
リドリーの父もまた、この世界の理から外れた存在だった。だが彼には、あふれるほどの魔力があった。
……それでも、殺されてしまったから、比較にはならない。
そして私は、魔力を――まったく持っていない。
「ええ。でも……きっと、長くはないと思います」
「リドリーやスサノオは、人の何倍も、何十倍も生きていくでしょうから」
私は、少しだけ笑った。さびしいはずなのに、胸の奥が、なぜか温かかった。
「お前はこの世界の“安全装置”。だが、その力は息子に受け継がれた。そして、役目も」
「それで、構いません。リドリーが寂しくならないように。スサノオが、悲しまないように」
私は魔女に向き直り、まっすぐに言葉を紡いだ。
「どうか……お願いです。魔女様。見守ってやってください」
魔女はしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめ、小さくため息をついた。
「……つまらんことを言ったな。未練がましくこの森にとどまる、古い魔女のくだらん独り言だ」
けれど、静かな目で続けた。
「だが、お前の代わりは、どこにもおらん。……どうか、体を――大事にしろよ」
*
森の中に、静かな風が吹いていた。
遠くでドラゴンの咆哮が響き、世界でいちばん穏やかな静寂が、森を包んでいた。
「あ、母さん!」
小さなスコップを手に、サクナと遊んでいたスサノオが、私の姿を見つけて駆けてくる。
リドリーもすぐに気づき、まっすぐ歩み寄ってきたかと思えば、いきなり私を抱きしめた。
「……こんなところで、何やってるんだよ。もう、子どもじゃないんだから」
私は彼のおでこを、そっと指で弾いた。
「……なんかさ。遠くに行っちゃう気がしてな」
「ばかね。私も――植えるわ」
その日、森の土に埋めた苗木は、小さな命の約束となった。
そしてそれは、いつか――
この森でいちばん、大きな大木になる。
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