サクナヒメ誕生日
ようやく腰を下ろしたところで、俺は本題に切り込んだ。
「それで……スサノオが大変って話は?」
魔女はティーカップをそっと置き、ちらりと隣の扉を見た。
「そっちの部屋に籠もっておるよ」
「魔女様、スサノオの部屋を見てもよろしいですか?」
レイラがすぐに尋ねると、
「ああ、構わんよ。案内しよう。廊下の先の部屋じゃ」
魔女が自ら立ち上がり、俺たちを奥へ導いた。
そして、扉を開けた先に――俺の想像を遥かに超えた空間が広がっていた。大理石の床に、ふかふかの絨毯。重厚なベッドに、繊細な木彫りの棚。
机の上には精巧な魔道具らしきものが並び、壁一面には本棚がびっしりと埋め尽くされている。
棚には動物の置物や、丁寧に手入れされたおもちゃまであった。
まるで、王族か賢者の私室のようだった。
「……素敵な部屋ですね。羨ましいくらい立派です」
レイラがぽつりと呟くと、魔女が満足げに微笑んだ。
「そうじゃろう、ふふふ」
俺はというと、心の奥が妙にむず痒くなっていた。
「……俺の修行部屋なんて、ベッドすらなかったのに……」
そのぼやきを聞いて、魔女がニヤリと笑った。
「力のある者には、智も情も必要じゃ。お前が登ってきた塔じゃが、スサノオとかかった時間は、実はあまり変わらんぞ?」
「……は?」
「塔の仕掛けに、お前は気づかなかったじゃろ?」
「仕掛け……あったのか?」
「うむ。スサノオはすぐに見破ったぞ。回転する壁を使って上層へ転移してな。あとは魔力を応用して……」
「まじか……」思わず天井を仰いだ。
「負けたわ……完全に……」
「ふふっ、気づくこともまた力じゃからな。――さ、応接に戻ろうか。そろそろ、あいつが出てくるころじゃ」
再び扉を開けると、中から――
ぶかぶかの白いコック服に身を包んだスサノオが、しっかりと立っていた。
「お父さん。お母さん。そしてサクナ。今日は……サクナの誕生日です。僕が心を込めて作りました。どうか、食べてください」
――これだけのために、俺たちは呼ばれたらしい。
スサノオの心のこもった料理を堪能させてもらった。
サクナはまだ言葉を話せないが、じっと料理を見つめ、小さな手を動かして何かを伝えようとしているようだった。眠たげな表情を見せつつも、静かにその場にいる。
「そろそろ、おいとまを――」
「せっかくだ。泊まっていけ!」
魔女が陽気に声をかける。
「そうするわ。スサノオ、久しぶりに私が勉強を見るわね」
レイラは笑顔でサクナヒメを連れて、スサノオの部屋へと向かっていった。
俺は、手持ちぶたさになった。
「……まあ、酒でも飲もうか」
魔女が俺に杯を差し出す。俺たちが持ってきたワインだ。
「どうした。落ち込んでいるのか?」
「まあな。立派な息子すぎて、どうしていいかわからん……」
「何を言っておる。スサノオのやってることは、お前がやってきたことと同じじゃろう。お前はレイラを守り、飯を作ってた。――あの子は、それを真似てるだけじゃ」
「……そうか。そうだと……嬉しいな」
ちらりと覗くと、スサノオがサクナに絵本を読んでやりながら、レイラに頭を撫でられていた。
「もう少し、飲ませてもらおうか。……親父の話、聞かせてくれないか?」
「ああ、話してやろう」
大森林の魔女は、深い瞳を湛えて、ゆっくりと杯を傾けた。
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