魔女の招待状
大森林の魔女から、連絡が入ったのは、それから一年も経たないある日のこと。
「スサノオが大変だ、至急、レイラとサクナも連れて塔を訪ねるように」
彼は、一度も家に顔を出していなかった。だが、モルガン家に、セオリツヒメを見に姿を現したという噂はあった。
「まあ、大森林の魔女からの依頼だから仕方がないな。さあ行こうか!」
「ちょっと、待ちなさいよ、手ぶらで行くつもり、リドリー!」
「あ、そうだな。何が喜ばれるかな?」
※
大森林の北端。白い雪山に包まれた静かな森の奥に、その塔はそびえていた。
木々よりも高く、てっぺんは雲に隠れ、まるで天を貫いているかのようだ。
地上にある重厚な扉の前で、俺は深く息を吸い、静かに叩いた。
「リドリー一家が、大森林の魔女様のお呼びに応じて参りましたよ」
……応答はない。
扉は音もなく開いた。中には、らせん状に続く石の階段。
外観通り、相当な高さがあるようだ。俺一人ならともかく、レイラやサクナを歩かせるには難儀な道だ。
「レイラ、俺がお前たちを――」
振り返った瞬間、そこにいたはずの二人の姿が、消えていた。
「えっ?」
「レイラたちは、上に転移させといた。せっかく来たんだ。お前は、試練の塔を登ってくるがいい」
塔の壁を伝うように、魔女の声が響いた。
しんと冷えた空気のなかに、それだけが鮮やかに残る。
「……おいおい。たしかに最近は運動不足だけど、だからってこれは……」
ぼやきながらも、覚悟を決めて足を踏み出す。
「――上等だ。なら、俺の力、見せてやる!」
一段、また一段と、階段を踏みしめる。
塔の内部は静まり返り、石壁からは冷気がしんしんと染み込んでくる。
その中で、ある階を越えた瞬間、不意に“それ”は現れた。
魔物。……いや、幻影か。
かつて倒した強敵たちの姿を模したような影が、次々と俺の前に立ちはだかった。
剣を振るい、体をかわし、息を整えては、また登る。
戦いは、肉体だけでなく精神も削っていく。
登るごとに、敵は強くなる。まるで、自分の過去と向き合わされているようだった。
「はぁ、はぁ……っ、あと、少し……」
何階登ったのか、もうわからない。
最後の階。大きな幻影を斃し、残るはひとつ――
「どんっ!」
力任せに扉を開けた。
「リドリー、もっと静かに開けて頂戴! 驚いてサクナが泣いてしまったわ!」
「あっ、す、すまん……」
そこは応接室だった。
暖かな陽が差し込み、魔女とレイラがソファに腰掛けてお茶を飲んでいる。
呆然とする俺をよそに、レイラが優しく笑いかけてきた。
「おつかれさま。お茶、飲む?」
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