セツリツヒメ 後
明け方。普段ならまだ寝ている時間だが、俺は妙な胸騒ぎで目が覚めた。
家中を呼び回っても返事はない。扉は開いており、外には足跡もなかった。
――雪にすべて、消されていた。
「スサノオ、どこだ……」
いつも嫌がって着ないコートも、厚手の靴も消えている。そして、クシナダヒメも。
「まさか、レイラのところか?」
不安が胸を締めつける。俺は怒られるのを承知で、王都にいるレイラへ通信用の魔道具で連絡を入れた。
「もう、寝てたんだけど……リド。どうしたの?」
「ああ、スサノオが……いなくなった」
俺の慌てた声に、レイラは涙を浮かべるほど笑った。
「あの子が家出なんかする? きっと、どこかに出かけたんでしょ」
「じゃあ、そっちに……?」
「残念だけど来てないわ。クシナダヒメが迷うとも思えないけど」
そう話していたところで、モルガンから緊急の連絡が入った。レジーナからも、レイラ宛に同様の連絡があったようだ。
「リドリー様……実は、私とレジーナが昨夜から魔物討伐で家を空けていた間に、大変な事件が起きました」
「……何があった?」
「我が家が襲撃を受けました。そして、町では多くの者が殺されていました」
その時だった。
クシナダヒメに乗ったスサノオが、上空から島へ舞い戻ってきた。
半笑いを浮かべ、血に染まった剣を担いでいる。服も、顔も、返り血で真っ赤だった。
俺は目の前が真っ暗になった。
「スサノオ、何が……」
問いかける間もなく、魔力酔いをしたスサノオはクシナダヒメから滑り落ちた。
「危ない!」
俺は慌てて抱きとめ、家の中へ運び、ベッドへ寝かせた。
動揺で頭が真っ白になる。家の中を行ったり来たりしながら、何度もレイラに連絡を試みたが、会議中らしく繋がらなかった。
スサノオの手当てをするのも忘れていた。
「大暴れしたようじゃな」
エルダが、いつの間にか俺の前に現れていた。
「……何があった?」
俺が尋ねると、魔女は黙って海を指差した。
――モルガンとレジーナの乗った船が、猛速度で島へ近づいてくる。
船が着いた瞬間、彼らは慌ただしく駆け寄ってきた。
「リドリー様、ご無事ですか?」
「……当たり前だろ」
「いえ、スサノオ様のことです。お怪我をされていないかと」
「……あ」
我に返り、急いで家に戻ると、エルダがすでにスサノオの魔力を抜いて眠らせていた。
「ありがとうございました。スサノオ様のおかげで、我が娘、セツリツの命が守られました」
「……え?」
「リドリー様、昨夜の襲撃は、我々に恨みを持つ盗賊の一団によるものでした。
奴らが屋敷に押し入ろうとした時、スサノオ様が現れ……すべてを、一人で討ち果たしたそうです」
「まさか……」
「腕の立つ暗殺者たちでしたが、あの年齢で……まさに奇跡です」
俺は、しばらく何も言えなかった。
――まさか、彼が……。
それでも。俺がスサノオを疑っていたことは……死ぬまで、誰にも言わないでおこうと思った。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。