クシナダヒメ
それからしばらく、ティアたちは戻ってこなかった。
「遅いなぁ……大丈夫だろうか?」
俺が空を見上げて呟いても、レイラは特に気にする様子もなかった。
「そんなことより、自分の子の心配をして!」
スサノオは、いよいよ“いやいや期”に突入していた。俺の作った木剣を振り回し、氷の島に厚着もせず飛び出していく。
「レイラ、理屈はまだ通じないよ!」
「リド、あなたは甘やかしすぎよ!」
俺たちは喧嘩をしながらも、これが平和な時間なんだろうと感じていた。
そんなある日、ティアたちが帰ってきた。
ティアは「お土産よ」とでも言うように、スサノオの前に小さな卵を置いた。もちろん、ティアの子。ドラゴンの卵だ。
スサノオは、すぐにそれを抱きしめて離さなかった。
「ティア、まだこの子には育てられないかも。あなたの大切な子を、危険にさらすことになるわ」
レイラは心配そうに、ドラゴンに尋ねる。だが、ティアは静かに首を振った。
「安心しろ、俺が助けるよ!」
「……わかったわ、リドリー」
レイラは、諦めたように深く溜息をついた。
それからというもの、スサノオは寝るときも起きているときも卵を手放さなかった。
危ないからと、家の一角に暖をとれるスペースを作ったが、もちろん無視して、どこへ行くにも背負っていく。
「まあ、ドラゴンの卵は簡単には割れないから……」
そしてスサノオが三歳になった日、卵は孵った。
家族三人でティアの子の命名会議が開かれる。
「スサノオといえば、クシナダヒメよ」
レイラが強く主張し、俺は名前には特にこだわりがない。
「くっしー、くっしー!」
彼がそう呼びながら笑ったことで、名前は決まった。
「スサノオ、ドラゴンの子どもは魔物に狙われやすい。だから、もう少し大きくなるまでは家に預けておきなさい!」
放任主義、いや甘やかしすぎな俺ですら、さすがに反対した。
「くっしー、いっしょ」
……完全に甘やかしすぎた。俺の言うことは全く聞かない。レイラの言うことは、少しは聞くのに。
スサノオは、クシナダヒメと散歩に出かけていった。
俺は隠れて跡をつけていく。
彼は氷雪島の道をすたすたと歩いていたが、急に立ち止まり、振り返って俺を見た。
――妙だな。
景色に、何か微妙な違和感がある。
そのとき、スサノオの足元の氷が割れ、触手をうねらせた巨大な海獣が現れた。
俺はとっさに二人の前へ飛び出し、一撃でそれを叩き伏せる。
「パパ、ありがとう」
「見たか! パパの剣の凄さを!」
「うん、すごい」
「じゃあ、帰ろう」
……感謝された! 父親の威厳、ここにあり!
俺は意気揚々と帰宅し、扉を開けた。
だが、レイラは鬼のような形相で俺たちを睨んでいた。
「スサノオ、簡単に時を戻しちゃダメよ!」
「え? 本当か?」
スサノオはいたずらがバレたことを悟ったように、しょんぼりと頭を下げた。
「ママ、ごめんなさい……危なかった、だから戻した」
「わかったわ、だから気をつけて」
レイラはスサノオを抱きしめた。
俺は言葉と立場を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。




