大森林の魔女とイグニア 外伝
1話追加致します。
大森林の魔女は、俺の前になかなか現れなかった。俺は気を揉んでいたが、「珍しいな、お前が焦るとは」とエルダに笑われてしまった。
氷雪島に冬が訪れ、島は雪に閉ざされた。ノクスたちは「ここは、寒すぎる」と言って、セーヴァスへと移動していった。春には戻ってくるようだ。
モルガン夫妻も島を離れ、完成した領主領邸で政務に勤しんでいた。
「久しぶりに、夫婦水入らずね」
レイラはソファに寝転び、本を片手にだらけきった姿で笑った。
――静かな時が……流れるはずもなく、俺は全力で泣き叫ぶスサノオをあやす。
抱きかかえながら揺すっても、彼の声は小さくなる気配を見せなかった。
やがて冬が去り、春が来て、暖かな夏の気配が漂い始めたころ――客が訪れた。
ひときわ大きなドラゴンが、空を裂いて近づいてくる。背には、大森林の魔女が乗っていた。
そのドラゴンは、炎を思わせる赤銅の鱗と、岩のようにごつごつした巨躯を持つ、無骨な存在だった。
「こんなにも、ドラゴンによって雰囲気が違うんだな……」
俺が思わず呟くと、空を睨んでいたティアが、静かにアイスドラゴンの姿へと変じた。
その瞳は、静かに熱を帯びていた。
炎のドラゴンが氷雪島に降り立つと、魔女が笑った。
「久しぶりだね」
「ああ。もっと早く来ると思っていたんだがな」
「ふふ、その子の番を育てていたからな。ファイヤードラゴンのイグニアだ」
魔女の言葉に、ティアは迷いなく飛び立ち、イグニアに襲いかかる。
「ははは、気の短くて強い子じゃな。好きなだけ戯れ合うとよい」
魔女は軽く手を振り、二匹の周囲に大きな結界を張ると、戦いを背に、俺の方へと近づいてきた。
レイラが静かに一礼する。
「お前は、なかなかの智者だな。力や権能だけでは足りぬこと、よく理解しておる」
魔女は、柔らかくも真剣な声で彼女を賞賛した。
「それに、立派な子じゃ。名前は?」
「スサノオだ!」
俺が差し出すと、魔女はそっと息子を抱き上げた。
まるで壊れものを扱うように、慈しむようにその顔を覗き込む。
「……お前の父親に似てるな。それにしても、魔力が膨大じゃ。うまい。修行はまだ先じゃ。レイラ、お前の智をこの子に刻め」
そう言うと、スサノオの額に口づけをし、そっと俺の腕に返した。
その瞬間、スサノオはぱたりと眠った。
「おい、魔力抜いたのか!? 相変わらず強引だな!」
「ははは、これはすまぬ。……おや、あちらの方がついたようじゃ」
魔女が視線を空に向ける。
そこには、イグニアの背に、小鳥となったティアがちょこんと乗っていた。
「ん? どっちが勝ったんだ?」
「さて、どっちでしょうね」
レイラはくすりと笑って、俺の肩に頭を預けた。
二匹のドラゴンは、新婚旅行でも行くように、ゆっくりと、けれど力強く飛び立っていった。
氷雪島の空に、紅と白が交わり――そのまま、彼方へと消えていった
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