最後の戦い ダークウエル
「レイラ、少しだけ離れる。できるだけ逃げ回れ」
「はい」
彼女は静かに頷いた。声は震えていない。その目には、曇りも、迷いもなかった。
俺を見つめるその視線には言葉を超えて――信頼と覚悟が、まっすぐに宿っていた。
俺は地を蹴った。風が裂ける。魔術師たちは蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げ出す。
空を選ぶ者もいたが、地下遺跡の天井は高くない。逃げ場など、最初からない。
跳躍。浮かぶ影へ、全身の力を込めた斬撃を叩き込む。
「どりゃあああッ!!」
魔術師が張った防御魔法が展開する――が、遅い。全てを断ち切るような一閃が、盾ごと裂き、羽織ったマントを真っ二つに裂いた。
「ドンッ!」
浮遊魔力が途切れ、男は石床に叩きつけられる。重い音が響いた。
一人、排除完了。
……そのとき、違和感に気づく。
レイラに向かっていたはずの攻撃が、なぜかすべて俺を狙い始めていた。
「……俺、か?」
火球、氷の槍、雷の奔流――複数の方向から、一斉に襲いかかってくる。
モルガンとの戦闘で見たあの多重魔法の鋭さと重さがない。
「ファウストはどこだ……!」
空間を読む。魔力の密度、揺らぎ、重圧……この場には、“核”となる魔力が存在しない。
否――まだ現れていないだけだ。
「名を呼んだか?」
地の底から響くような声。場の温度が下がる。いや、温度ではない。
“存在”そのものが、この空間を染めていく。
影の奥。音もなく、男が歩み出る。
その腕に、聖女の姿をした少女――ノクスが抱かれていた。
「……ノクス……!」
白金の髪。閉じた瞼。呼吸はある。
「お待たせしたな」
男の声は穏やかだった。だからこそ、余計に不気味だ。
その声音に、殺意も興奮もない。ただ“終わらせる”という冷たさだけがある。
「――それでは、長年の決着をつけようか?」
「お前が……ファウスト。いや、ダークウエルで間違いないんだな?」
「ふふふ、そうだ。安心しろ」
男はノクスをそっと地面に降ろす。まるで、壊れやすい宝石を扱うように。
少女に傷はない。けれど、目を開けようとしない。ただの“器”のように、動かない。
「ノクス! 起きろ! 頼む……目を覚ましてくれ!」
「よし、女を狙え!」
魔術師の怒声が飛ぶ。標的が、レイラへと変わる。
「くそッ!」
反転。全力疾走。風が逆巻く中、地を滑るようにして彼女の前に飛び込む。
レイラは動かない。だが、それは怯えではなかった。
逃げるか、戦うか――ではない。ただ、俺を信じて待っていた。
だからこそ、もう俺は決めている。
「絶対に、誰も通さないッ!!」
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