最後の戦い 地下神殿
「ノクス、入り口を塞いでくれ」
俺は地下遺跡の閉鎖を指示し、その場に降ろした。
「わかった。ここで待っておる。負けるなよ」
会話が、地下回廊の中を反響し、響き渡る。閉じられた瓶の中にいるようだ。
ノクスは微笑んで頷き、似合わぬ聖女の衣をふわりと揺らして、背を向けた。
遺跡の中は空気は冷たく、湿っている。時間の流れがどこか歪んで感じた。
レイラのいる場所は、最下層に違いない。
迷いはない。
けれど、入り口を塞いだということは――俺たちも、閉じ込められたということだ。
静寂を裂くように、俺は駆け出す。
苔むした石の階段を踏みしめ、滑るように飛び降りる。
最下層。そこに彼女はいた。
レイラは、無事だった。
「まさか、リドリー、ノクスも連れてきたの?」
彼女は、はっきりと言葉を出した。
だが――俺を見たその目は、絶望に濡れていた。
その瞬間、胸の奥に突き刺さるものがあった。
「ああ、そうか……俺が、間違えたのか?」
気配。
肌が粟立つ。反射で振り返る。
そこにいたのは、漆黒のローブに身を包んだ魔術師たち。
顔は見えない。だが、間違いなくこちらを見ている。
不気味なほど魔力を感じない。しかも、一人ではなかった。
「そんな不思議なことでもあるまい。魔力を抑えることなど、魔術具ひとつで足りる」
俺の顔を見ながら話続ける。
「そうだ。やっとだ。これで、その女の権能も発動しないな」
そして、首領が静かに指輪を外した。
他の者たちも、まるで合図のように一斉に指輪を地に落とす。
金属が石床に触れる、乾いた音が響くたびに、空気が冷えた。
俺はレイラのもとへと駆け寄る。
「大丈夫だ。心配するな。ノクスも、簡単には負けないよ」
彼女の肩が、小さく震えていた。
――そして俺が、守り切る。
いや、こいつらを全員倒せばいい。
敵は魔術師のみ。悪魔よりも、よっぽど守りやすい。
「リドリー、もう少し話しておくべきだって。今ならまだ――」
「俺を信じろ! ここで決める!」
レイラの頬には、涙。
その姿を見ると、胸が締めつけられた。
やり直しの記憶を持たないはずの奴らが、まるで何度もこの場を経験してきたかのように動いている。
俺たちが間に合ったのも、ルクスが参戦したのも、知略と意志のぶつかり合いの結果。
だが、裏をかかれれば、やり直しは命取りになる。
――彼女は言ってくれた。
「一番正しいのは、あなたの勘だ」と。
そのとき、遠くで轟音が響いた。
地下遺跡の入り口――ノクスのいる方角だ。
音は石壁を揺らし、幾重にもこだまして遺跡全体を震わせた。
「あっちも始まったみたいだな」
ノクスを倒し、ルクスにしなければ、レイラの権能は止まらない。
奴らはそれを知っている。だから、俺をここに釘づけにしているのだ。
俺の膨大な魔力と、奴らの魔力の結集がぶつかり合う。
見えない力が空間を軋ませる。
チャンスは――一度だけ。
レイラを守る指輪を信じ、その隙に、全員を討つ。
俺は目を凝らす。
姿の変わらぬ魔術師たちの数。ぐるりと囲まれ、逃げ道はない。
奴らは魔法を散発的に放ち、距離を保っている。
包囲を崩さぬよう、慎重に、着実に。
――違和感。
「何故だ?」
身体に走る不協和音。空気の揺れが、微かに逆流している気がする。
気づけ。何かが違う。けれど、思考が追いつかない。
時間が惜しい。
俺は、突撃を決めた。
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