ティアの出迎え
俺が、上空を見上げた刹那、巨大な影が音を置き去りにして迫ってきた。
「ティアだ!」
ナッシュ兄妹の弾けるような歓声が耳に届く。
ティアは空中で旋回しながら、俺に小さく合図を送った。急いでいる――その気迫が、距離を超えて伝わってくる。
「わかった」
俺はノクスの手を取り、その小さな体を抱き上げる。足場を確かめる間もなく、降下してきたドラゴンの背へと一気に跳躍した。
「ひゃあああっ!」
魔女の悲鳴が響く。あの傍若無人な女が、引き攣った顔でしがみついている――それが妙に可笑しい。
ナッシュ兄妹も、風に煽られながら乗り込んでくる。
「さあ、行こうか!」
後のことは、ニコライとマルクに任せておけばいい。俺たちは、俺たちのすべきことを果たすだけだ。
ティアの翼が唸る。風を裂いて、加速する。空気が刃のように肌を斬る。
吹き飛ばされないように、俺はナッシュ兄妹とノクスを片腕で抱え込み、もう片方の手でティアの鱗にしがみつく。
風景が流れ、変わる。砂漠を過ぎ、森を過ぎ、大河を超えて、瞬く間に後方へ置き去りにする。
だが――
ティアの速度が、突如として落ちる。
南西部のはずなのに、空気が凍りついたように冷たい。肌を刺すどころか、貫いてくる。
眼前に現れたのは、小さな――だが凍てついた湖。そして、その湖を静かに進む、黒々とした巨影。
ヤワタノオロチ。
それは、ただ泳いでいるのではない。孤島へ、確かな意志を持って向かっている。
「ククッ……ギュルルルッ!」
ティアが、滅多に見せぬ高揚の声を漏らす。羽音が重く響き、空そのものが震えるようだ。
鳥の姿に封じられていたドラゴンが、本能の檻を破り、ようやく獲物を見つけた――そんな動きだった。
孤島から立ちのぼる、爆炎。爆発する魔力の奔流。その中心で何が起きているのか、想像すら追いつかない。
だが、俺の指輪には反応がない。
レイラは、まだ生きている。信じていい。
ティアが、島の上空へと滑り込む。
「飛び降りるぞ!」
俺は三人を腕に抱えたまま、真下の島めがけて、飛び込んだ。
氷雪のドラゴンは、口から氷を吹き出した。再び、湖が凍りだした。
ヤワタノオロチは、動けなくなるのを恐れて、氷上に全身を現した。
ティアが、笑ったように俺には見えた。
伝説の竜が、くたびれた偽物に負けるとは俺には思えなかった。
「さあ、行こう」
俺は、振り返らず、孤島のどこかにいるレイラを探しに走り出した。
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