氷雪島になる孤島 ※レイラ
オロチは、飛び立ち上空を旋回する幻影のドラゴンに釘付けになっていた。
レイラは再び狼煙を上げさせる。改良された大砲とはいえ、連続発射には限界がある。再装填までのわずかな時間、敵の注意を引きつける必要があった。
だん。だん。――どがぁああん!
大地を割るような轟音とともに砲弾が炸裂。爆炎がオロチを包み、残った首が次々と吹き飛ぶ。肉が裂け、骨が砕け、巨体が地響きを立ててのたうった。
数瞬ののち、あたりに静寂が戻る。森が黙り込み、風さえ止まったようだった。
地面には、すべての首が転がっている。動かない。
再生の気配は――ない。
「レイラ様、倒せたのでしょうか?」
レジーナの声が耳に届く。
「そんなはずはないわ……」
舞い上がった粉塵が収まり、オロチの首が見える。飛び散った肉片、砕けた骨、そのどれもが無惨なままだ。
だが――。
幻影のドラゴンが姿を消しかけたその一瞬、まるで呼応するように、地を這う魔力が爆ぜた。
吹き飛んだ首の根元から、肉塊がせり上がる。ねばつく音を立てながら、首が――生えた。
一本、二本、五本、十本――
再生ではない。分裂だ。
増えた。数十の首が、のたうち、蠢き、唸る。
地鳴りとともに巨体が動き出す。オロチは、幻影のドラゴンに構わず、湖へと向かい始めた。
「レイラ様、こちらに向かってきます!」
空中では、ドラゴンが魔法を放ち続けていたが、やがてその姿がふっと消える。魔力切れか。
地中では、オロチの本体がじわじわと移動していたようだ。やがて、その身を湖へと滑り込ませる。
暗く澄んだ水面を突き破るように、首が何十本も突き出た。
「やはりね」
レイラは呟いた。
この地の地下は岩盤が硬く、オロチのような巨大な魔獣が進むには適していない。加えて、奴の首は水をとても嫌うようだ。
あの大蛇が育ったのは、水の一滴もない乾いた砂地。流れる砂を、縦横無尽に動いていた本体。
湖の中央にぽつんと浮かぶ小島――その手前で、湖面が急速に凍り始めた。
「仕方ない。助けてやろう。今年の冬には、お前の番の契約者から礼があるだろうて」
その声は、氷雪の魔女・エルダだった。
「ありがとう。リドリーには伝えておくわ。それと、追加の魔道具代も払う」
レイラは、ドラゴニア金貨の詰まった袋を手渡した。
「毎度あり。これで王都で好きなだけ買い物ができる。頼まれてた品物は、これじゃ」
彼女は金貨の袋を愛おしげに見つめ、小箱を二つ、レイラに差し出す。
「あら、立派な箱ね。きっと喜ぶわ」
「ふん。中身を見てから言え!」
このやり取りこそが、彼女を“人の形をした魔女”たらしめているのかもしれない。
無感情で沈黙する魔女ではなく、欲に笑い、気まぐれに助ける魔術師にして魔女――それがエルダだ。
気づけば、あたりの湖はすっかり様変わりしていた。吹雪が巻き上がり、湖の中心に浮かぶ島が氷雪島へと変貌していた。
冷気が肌を刺す。レイラたちは、あらかじめ用意していた防寒服を羽織る。
「もう少し手伝おうか? もちろん、別料金だがね」
「いえ、これ以上は――奴を逃してしまうから」
私を殺すチャンスがないと悟れば、あの男は必ず逃げる。だが、こんな好機は見逃せないはず。
――さて、どう出るか。
キィ……ィ、と風が凍りを削る音がした。
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