セオ騎士団長 ※レイラ
残るオロチは、七、八匹。
「囲い込め! 必ず分隊で連携してあたれ!」
指揮官の声が飛ぶ。騎士団員たちが一斉に斬りかかった。
だが、苦戦は明らかだった。
斬撃は浅く、大蛇はすぐに傷をふさぐ。治癒の魔法がかけられているのだ。
毒の息、焼きつくす炎、唸るような咆哮。振り回される首の一撃に、兵士たちは次々と地に伏していく。
「無理はするな。負傷の出た隊は退け。次の行動に移れ!」
冷静な指示が戦場を走る。指揮は保たれている。
部隊はすぐさま戦線を離脱した。落とせた首は二つか三つ。それが限界だった。
「よし……残りは俺が相手をしてやる!」
セオが一人、戦場に残った。
全身を鎧に包み、仁王立ちのまま、静かに剣を構える。
その背に、私は息を呑んだ。
私はこれまで、「最小限の不幸と最大限の幸福」を求めて歩いてきた。私心を捨て、道を選んできたつもりだった。
――もちろん、例外はある。リドリー。彼がいてこその、私の世界。
だが、セオもまた、大切な人の一人だ。
私は、自分でも知らなかった想いの深さに、ふと気づく。
『強欲な魔女め!』時の波の声が聞こえてくる。
オロチたちが四方から迫る。
まるで獲物を追い詰める獣たち。じわじわと包囲しながら、楽しげに、嗤うような目を向けてきた。
一つの首が、反動をつけて突っ込んでくる。
セオの体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
鈍い音。全身を鎧に包んだまま、転がる。
その隙を逃さず、別の首が毒の魔法を浴びせる。
さらにもう一つ――火の魔法が彼を焼く。
彼が身につけるのは、王国が誇る最高級の武具。
だが、魔法防御では防げない“貫通する力”がある。
大地がうねり、土の槍がせり上がった。
鎧の隙間を正確に狙い、腹部を突き破ろうとする。
セオの全身から、血があふれ出る。
それでも、彼は剣を手放さない。
呻きながらも歯を食いしばり、体勢を立て直す。
その目に、光はまだ宿っていた。
オロチの首が幾筋も迫る。逃げ場はない。
「くそっ……このままじゃ……!」
その瞬間だった。
空が、低く唸るように曇った。
突風が吹き荒れ、戦場をざわめかせる。
耳をつんざくような羽音――巨大な影が、風を裂いて舞い降りた。
「……あれは、ティア? 違う、何者なの?」
モルガンとレジーナが、思わず空を仰ぐ。
現れたのは、幻影の魔女イリーナが生み出したドラゴン。
本来、ただの幻であるはずのそれが、魔力を帯びたことで現実に干渉し始めている。
空を裂いて降り立つその姿は、幻などではない――明らかに、力を持っていた。
セオの体は、衝撃の余波に吹き飛ばされ、退避していた森の方へ転がる。
「隊長、大丈夫ですか!」
隠れていた隊員たちが駆け寄り、瀕死のセオを抱え上げる。
そのまま、森の奥へと逃れていった。
私は、その姿をただ見つめるしかなかった。
胸の奥が、締めつけられるように痛い。
――生きていればいいのだけど。
思わず、願いに近い言葉を私は呟いた。きっとイリーナが助けてくれたのだ。
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