砲撃 ※レイラ
「モルガン、狼煙を!」
私の声に応じて、モルガンが走り出す。湖に浮かぶ小島。その高台に積まれた薪へと手を伸ばした。
「……くそっ、湿ってやがる」
薪はシートで覆われていたが、濃霧の湿気が布をすり抜け、水を吸わせていた。
「もう、急いで!」
レジーナが駆け寄る。ふたりは手分けして、まだ乾いていそうな薪を探し出し、再び積み直す。火打石が擦られ、火花が散る。
魔力を使えば一瞬だった。でも、それは禁じていた。魔力は少しでも温存する。――私がそう命じた。
霧の向こう――
湖の岸で、オロチの身体が蠢く。分裂し、増えた首がすでに形を持って再生していた。
眠たげな頭を、ぶらりと首で支えながら、獲物を求めるように周囲を見回している。けれど、まるで何者かの命令を待つかのように、じっと動かない。
「ついたぞ!」
レジーナの声が上がる。赤い狼煙が空へと舞い上がり、薄れた霧を割って天へ突き刺さる。
まるで宣言するように――「ここにいる」と。
その合図と同時に、森の陰から現れたのは、王国軍の精鋭。セオ率いる騎士団だった。
「獲物はここだ!」
掲げられる大旗、響き渡る号令。クロスボスから放たれ、無数のボルトが唸りを上げて飛んでいく。
狙うのは、オロチの首。だが、その鱗に弾かれ、かすり傷ひとつ残すのがやっとだった。
彼らの任務は、ただ一つ――注意を引くこと。
「ギャルルル……ヒャアアアッ!」
オロチの眼がぎらりと光る。獰猛な舌が唇をなめ、次々と首が突き出されていく。
その瞬間――
轟音が大気を震わせた。
森が揺れる。大砲の砲弾が、空から降り注ぐ。セオたちに伸ばされたオロチの首を、容赦なく撃ち落としていく。
それは、かつて王城を襲った砲撃の、数倍もの数と威力を持つ弾幕だった。
地面が跳ね、魔物の屍が宙を舞う。土と肉片と硝煙が入り混じる戦場。
「巻き込まれるな!」
セオが叫ぶ。騎士たちは即座に退いた。
そして、オロチの咆哮が届く前に、その首のいくつかは砕け散り、地に叩きつけられていた。
やがて砲撃が止む。静寂の中に、煙が濃く漂い、すべてが見えなくなる。
――その霧の向こう。
セオが先頭に立ち、再び姿を現す。
退却など、最初からなかったかのように。
「突撃だ!」
私は、きっと顔が引きつっていたと思う。手が、かすかに震えていた。
まだ、幾つかの策はある。けれど、本当に備えるべき相手は、まだその姿を見せていない。
だから、今は動けない。私は祈るしかなかった。
セオが――どうか生き延びてくれるように。
身勝手だ。死地に送り出しておきながら、私はただ祈っている。
孤独のなかで誰からも相手にされず、リドリーを遠ざけていた私に、最初に手を差し伸べてくれた人。その彼を、運命は弄ぶ。
残酷な物語を、今また繰り返す。
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