霧湖の魔女、再び ※レイラ
湖には深い霧が立ち込めている。
ずるずると這いずる、粘り気を帯びたような音が、霧の奥から近づいてくる。
「そろそろ姿を現すわね。狙いは、私でしょう」
湖岸に沿って、船の停泊所へ向かい、小舟に乗り込む。
「アレクセイたちは先に進みなさい」私はそう言って、部隊を二手に分けた。
「しかし――」
「先の嶺に、我が王国騎士団がすでに布陣しています。そこまで退いてください」
皇帝には、私の近衞騎士団を帯同させる。
私は、モルガンとレジーナだけを連れ、湖の中央に浮かぶ小島へと漕ぎ出した。
ぎゃあああああ――。
土を割って現れたのは、八つの頭をもつ大蛇、ヤワタノオロチ。霧の中で、その影は八筋に分かれてうごめいている。
私はその進行を見越して、地下に罠を仕掛けておいた。
「ヤワタノオロチといえば酒、だけど……」
地中には、私が研究した対魔物用の撒菱が山ほど埋めてある。刺激臭の強い油を塗布したそれを、オロチは激しく嫌う。地上に出ざるを得なくなる。
「毒や酒は、この魔物には通用しないからね」
霧がさらに濃く立ち込める。やがて、湖の底から這い出す魔物たちが、大蛇に向かって襲いかかった。
それだけではない。周囲の山間からも、魔物が群れをなして飛びかかってくる。まるで、モンスターパレードのようだ。
「レイラ様、なぜ魔物同士が戦っているのですか?」
レジーナが驚きに目を見開いて尋ねる。
「霧湖の魔女の仕業だ。私に協力してくれている」だからこの場を戦場に選んだ。
「しかし、あのオロチ……恐るべき強さです」
八つの首は、次々と魔物を薙ぎ払い、食いちぎり、湖面に咆哮を響かせる。音が波紋を生み、霧の海が揺れる。
長い戦闘の末――
突如、場が凍りついたような静寂に包まれた。
私ははっとして、背後に気配を感じる。
「ここらには大した魔物がおらん」
女の声。ひどく冷ややかで、それでいてどこか親しみも含んでいた。
「協力を感謝するわ。霧湖の魔女リラ」
「盟約を結んだお前を、みすみす殺させるわけにはいかないからね。でも、私の役目はここまで。これは、お祝いの先払いよ」
「ありがとう」
私が礼を言うと、リラはかすかに微笑んだ気がした。
「これからが本番だろうが、先に失礼するわ。せいぜい生き延びて。繰り返されるのも面倒だから」
そう言い残し、彼女の姿は霧の中に消えた。
奇妙なことに、その背中からは、私への同情、好意のような感情が伝わってきた。
ヤワタノオロチは、さすがに満身創痍だった。八つの首は、噛みちぎられ、裂かれ、ぼろぼろだ。すでに原形を留めていない。
「オロチが……首同士で殺し合いを?」
モルガンが叫ぶ。確かに、互いの首が絡み合い、血を流して争っている。
私たちは呆然と立ち尽くしていた。
そのとき、あらぬ方向から、火の矢の魔法が飛来し、ちぎれかけていた最後の首に突き刺さる。
ぽとり。首が落ちた。
だが次の瞬間、オロチの肉体は蠢き、再生が始まる。
そして首は――倍になった。
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