南西の湖 ※レイラ
「アレクセイ、イリーナ様は魔女です。それが何か、問題ですか?」
私は静かに問いかけた。
「いえ、何も問題ありませんよ」
皇帝は、驚く素振りも見せず、淡々と答えた。
「本心ですか?……言わないで!」
彼女は金切り声を上げた。不穏な魔力がその身から噴き出し、空気を震わせる。まるで「これでも怖くないの?」と訴えているかのように。
「イリーナ様、落ち着いてください。あなたへの敬意も、想いも、何ひとつ変わりません」
彼は穏やかな表情で彼女を見つめ、その手をそっと取った。
「ありがとう……ごめんなさい。ずっと、隠していて」
「いえ。私も、うすうす気づいていました。でも……それを問いただして、あなたを失うのが怖かったんです」
二人は、静かに見つめ合った。
幻影の魔女、イリーナは、静かに語り出す。魔女として生まれ落ちた宿命と、誰にも語らなかった過去を。
帝国東部に一時だけ現れ、やがて霧のように消えた小国。その王との出会い、そして別れと死。
魔女となる者には、浮かばれぬ想いがある。叶えたい願いが、必ずある。
彼女はその力を隠し、人の世に紛れて生きてきた。
孤高の魔女ではなく、本当は——寂しがり屋の魔女だったのだろう。
そして、かつての王の面影を宿す、戦で傷つき瀕死のアレクセイと、運命のように出会った。
もちろん、本性は明かさず、「魔術師」と名乗って。
「じゃあ……戦争に利用されて、用が済んだら捨てられたってことか? そんなの、俺は許せない。……俺は誓う。誰に何を言われても、決して揺らがない。たとえ死んでも、あなたを守る」
それは、魂から放たれるような、真っ直ぐな告白だった。
その時、地の底から響くような鳴動が帝都を揺るがした。
窓の外から、馬の嘶きと人々のざわめきが近づいてくる。——私の騎士団が到着したのだ。
「イリーナ、もう話している時間はない。あなたの力で、幻影のドラゴンを飛ばしてほしいの」
「でも……あれは、ただの幻で……」
「本当のあなたの力なら。たとえ幻でも、あなたの中にある膨大な魔力が、それを現実に干渉させるはず。——違いますか?」
彼女は、静かに頷いた。
「それじゃあ、二人とも急いで。アレクセイの馬車へ。……アレクセイ、あなたの想いが本物なら——契約をなさい」
私は、モルガンが御者を務める自分の馬車に乗り込み、皇帝の馬車を先導する。
目指すのは、帝都の東南に広がる大きな湖。
敵をそこへ誘い出す。策はすでに仕掛けてある。けれど、それが上手く運ぶかどうかは——まだ誰にもわからない。
静かに、息を整える。
「……最終決戦よ」
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