幻影の魔女 ※レイラ
「それでは、大魔術師に会わせていただけませんか?」
私はアレクセイに強い調子で頼み込んだ。
「ですが……本人がどう言うか……」
「そんなことを言っている場合ではありません。もう、時間がないのです」
さきほどの最終通告が効いていたのだろう。彼は、もはや私に協力するしかないと悟ったようで、渋々ながらも魔術師のもとへ案内することを了承した。
何かに気づいたティアが、不意に目をきらりと光らせ、大きく羽を広げて空へ舞い上がった。
「近づいてきたのかもしれません」
私は焦燥を飲み込みながら、アレクセイのあとを急いだ。
「魔術師殿は帝城ではなく、帝都の外れにおられます。馬車での移動になります」
帝都の片隅――古びた廃屋のような一軒家がぽつんと佇んでいた。馬車の音に気づいたのか、ひとりの若い女性が家の中から駆け出してきた。
「アレクセイ!」
弾む声が耳に心地よく響く。けれど、彼女は私の姿を目にした途端、表情を曇らせた。
「ああ、他の方も……」
「こちらはレイラ様。王国の宰相でいらっしゃる。そしてこちらが、イリーナ様だ」
皇帝が、このような場末に、最低限の護衛のみで行くこと。
そして、こんな場所に大魔術師が身を潜めていること。どちらも常識では考えられない。
「ここにいたのか……」
私は思わず、胸の内の言葉を漏らした。
「どのようなご用件でしょうか?」
先ほどの朗らかさとは打って変わり、イリーナの声は棘を含み、拒絶の色を隠そうともしない。
「アレクセイ。少しだけ、彼女とふたりきりで話をさせていただけますか?」
私は相手の返事を待たずに言い切った。
「わかりました。イリーナ様、何卒よろしくお願いします。私は馬車で待機しております」
皇帝が、魔術師に頭を下げる――その光景自体が、いかに異常かを物語っている。
イリーナは明らかな躊躇いを見せつつも、断る言葉を飲み込み、しぶしぶ私を家の中へ通した。
「時間がありません。単刀直入に伺います。――あなたは、アレクセイを守りたいのでしょう?」
その態度から察しはついていたが、あえて問いかけることで彼女の本音を引き出す。
「……ええ、そうです。それが、いけませんか?」
「いえ。私も同じです。先に言っておきますが、彼との間に恋愛感情はありません。ですが――このままでは、彼は間違いなく殺されます」
「……やはり、あなたが“時戻しの魔女”なのですね」
イリーナは、静かに、しかし確信を持って言った。
「魔女ではありません。ただ、人々がそう呼ぶのです」
私ははっきりと否定したあと、まっすぐに言葉を投げかけた。
「ですから、協力してもらえませんか? 魔女イリーナ。あなたの、本当の力を」
「……アレクセイは、本当に私が“魔女”であっても、遠ざけたりしないと思いますか?」
彼女の声には、微かな揺れがあった。
「思います」
即答した私の声には、迷いはなかった。
イリーナは視線を落とし、口を閉ざした。内に渦巻く不安と葛藤が、静かに表情に影を落とす。彼女の心にあるのは、力に対する恐れか、それとも……かつて傷ついた記憶か。
だが――。
その答えをじっくり待てるほど、私たちに残された“猶予”はない。
「もし拒絶されたなら……私が、時間を巻き戻しましょう」
私はそう告げ、扉の外へ視線を向けた。
「アレクセイ。中へお入りください」
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