密書
しばらくして、ネフェルとルクスが、満足げな顔で戻ってきた。ルクスは両手を広げて、声を弾ませる。
「おいしかったぁ!」
「……いや、そうじゃなくて!」俺は思わずツッコミを入れる。
と、そのとき。背後の扉が静かに開いて、ナナが現れた。
「こちらにお届けしました」
彼女が差し出したのは――手紙、ではなかった。
皿の上に高く積まれていたのは、この地方名物のケバブナン。香ばしく焼けたパンに、肉と野菜がぎっしり詰まった、見た目にも腹を刺激する品々だった。
「……手紙じゃないのかよ」
「ふふ、まずはお腹を満たしてください」
まあ……いいか。
尋問で神経をすり減らしていた俺は、教会の奥にある食堂に移動し、席に着いた。
ナナがすぐにチャイを用意してくれた。芳醇な香りが、疲れた体にじんわり染みわたる。気づけば、ナッシュ兄弟まで当然のように席についている。
「手紙はここだよ。それより、尋問はどうだった?」
声が落ちてくるように聞こえた。
ふと顔を上げると、ノクスがいつの間にか隣に立っていた。まるで影のような静けさで。
「――情報は取れた。断片的だが、繋がってきた気がする」
俺は、魔女に向かって尋問の経過と、聞き出した話を伝えた。ノクスは黙って聞いていたが、やがて小さくうなずく。
「古き砂漠の都……おそらくその地下に、悪魔にまつわる“何か”がある。大森林の魔女は敵に回せぬ。それゆえ、奴らは防御の手薄な地を狙ったのだろう。それと、魔力は吸い上げて、オロチを育てた」
「つまり、選ばれた標的だったわけか。……他にも、同じような場所は?」
「以前もあっただろう。レイラや、他の権力者たちが狙われた時のように。だが――それよりも、手紙を読め。そちらが先決だ」
ノクスが封筒を差し出す。手に取ると、かすかに砂と血の匂いがした。
「ナーシル砂海連邦の兵が、密使を捕まえてくれてな」
封を切り、中身に目を通す。文字は乱れていたが、意味は明確だった。
『ヤワタノオロチは、二匹育てた。一匹はファウスト様と帝都に向かう……』
俺の喉がひとりでに鳴った。
「二匹……もう一匹がいる? それに、ファウストって……」
視界の端が暗くなる。冷たい汗が背中を伝う。
――何かが、取り返しのつかない段階に入っている。
「どうする……」
「焦るな、リドリー」ノクスの声が低く響いた。
「レイラの持つ特性をもってすれば、完全に敗北することはない」
「だが、予想外の一手こそ勝利の鍵だ。俺たちは、それを打たなきゃならない」
俺は立ち上がり、深く頭を下げた。
「頼む、協力してくれ」
静寂の中、ノクスの目がわずかに細められた。
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