尋問
「ハーン。わかっていると思うが――お前の犯した罪は、死罪に値する」
ニコライの声には、珍しく冷たい硬さがあった。
「助祭への暴行、皇族である私への暴行未遂。そして……リドリー様の不法監禁だ」
「はぁ、お言葉ですが」
ハーンは芝居がかった溜め息をつき、滑らかに言葉を継いだ。
「助祭は、あらぬ噂を流布しようとしていたのです。ラシェド州バルバッドの治安を守るため、やむなく拘束しました。ただの取り調べですよ。……まあ、監獄の中で“悪魔つき”どもが暴行を働いたようですが。神に仕える者なら、悪魔祓いの一つもできると思いましてね」
どの口が言うのか。
俺は心の中で毒づいた。どう聞いても、ただの拷問の言い訳だ。
「だが――私を捕らえようとしたのは、事実だろう?」
ニコライが問う。
「いえ、誤解です。助祭と“悪魔つき”どもが、ニコライ様を襲うのではと心配になって、駆けつけただけのこと。……暴行するつもりだったなら、そんな簡単にやられませんよ」
憎たらしいほど口が回る。ハーンは、あくまで無実を主張する気らしい。
ニコライは優しすぎて、強く追及できない。あれだけ説教は上手いくせに……。
「くっ」
苛立ちが表情に出たが、それでも彼は会話を続けようとしている。
「リドリー様を監禁した罪も、重いぞ」
「そいつは、我々に無礼を働いたので拘束しただけのこと。しかも、取り調べ中だった助祭と市民に被害が及ぶような“悪魔つき”を、逃がそうとした」
「嘘を言うな。助祭は“悪魔つき”にやられたんじゃない。お前たちの拷問で死にかけていたんだ」
思わず、俺は口を挟んだ。
「嘘が上手いな。だがな、ラシェド州の州知事である俺と、ただの気の荒い冒険者――どちらの言葉を、皇帝陛下が信じると思う?」
ハーンの口元が緩んだ。殺されることはないと踏んだのか、表情に余裕が戻っている。空気を読んで勝ち誇るあたり、やはり腹黒い。
――だが、それなら話は早い。
「それなら、問題はない」
長く黙っていた異民族の装束の男が、低く呟いた。
マルク――彼がゆっくりと前へ出る。
「……誰だ?」
ハーンが訝しげに眉をひそめる。俺は名乗るのを待った。
「ナーシルのマリク、と言えばわかるだろう」
その名が響いた瞬間、周囲にざわめきが走った。
囚われていた州兵たちが息を呑む。
ナーシル――かつてこの地を治めていた国家。そして、その皇子マリク。
「ふん。それがどうした」
ハーンが鼻で笑った。
「お前など、皇族から追放された身じゃないか。母親は奴隷だったと聞くぞ? 属国の分際で、俺に指示するつもりか?」
口を極めて侮蔑する。マルクが無言で剣に手をかけた――だが、俺がそっと手を添えて制した。まだだ。
代わって、ニコライが静かに口を開く。
「そうだな。属国の者が、宗主国の要人を拘束するのは、確かに重罪だ。だが――」
ニコライの声が、氷のように冷たくなる。
「ハーン。お前が拘束したリドリー様は、帝国の宗主国である《王国》の宰相、レイラ様の直属にして騎士団長。そして――私の婚約者だ。……皇帝陛下が、帝国としてどう判断するか。政治家であるお前なら、想像がつくだろう」
「はぁ……それは……」
言葉に詰まりながらも、ハーンの目にはまだ希望の光が残っていた。なぜだ。
――なら、とどめを刺してやる。
「ハーン、教えてやろうか。ヤワタノオロチも、ファウストも――俺たちが殺した」
「え……えええええええっ!?」
ハーンの目が見開かれ、全身が震え始める。
「そ、そんな……不死身のあいつらが、そんな……! ……だ、だが、皇帝は今頃……し、死んでるから……っ!」
声が裏返り、歯がガチガチと鳴った。やがて、絶叫とともにハーンは意識を失う。
崩れ落ちた男を見下ろしながら、俺はぽつりと呟いた。
「……やっぱり、色々知ってるな。こいつ」
マルクが前へ出る。声には一片の容赦もなかった。
「この地は、ナーシル砂海連邦へ譲渡される。我らの法で尋問する。……対象は、全員だ」
問答無用の宣言とともに、マルクは気絶したハーンを引きずって、別室へと運んでいった。
俺も慌てて跡をおった。
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